よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十七話 黒船来航の巻

田中啓文Hirofumi Tanaka

「ここここらあ! おんどれ、なんちゅうことを……」
「おまえらに渡すぐらいなら船ごと沈めてしもたほうがましじゃ」
 男は壊れた臍に飛びついて、なんとか水の流入を防ごうとしたが、人間ひとりの力ではとても不可能である。
「くそっ……」
 水はすでに男の腰まで来ている。このままでは溺れ死ぬと思ったのか、男は甲板に出ようとしたが、
「お、おい、まさかほかの四艘も……」
「へへへへ……そういうこっちゃ」
 男は大慌てで外に出ると、自分の船に向かって、
「こいつら船を沈めよるつもりやぞ!」
「なんやと」
 ガラの悪そうな男たちは残りの四艘に乗り込んでいった。九紋竜の刺青男に続いて紺八も外に出ると、艫(とも)のほうから小舟に飛び降り、自分が船頭を務めていた千石船が沈んでいくのを見守った。隣の船は早くも船体が傾き、後ろ半分は水面下だ。ほかの二艘からも盛大に水が噴出している。しかし、残る一艘が浮かんだままである。紺八は小舟の漕ぎ手にその船に近づくように指示した。船の水夫たちはもう小舟に分乗している。
「なにをやっとんや! ちゃんと沈めんかい!」
 紺八に気づいたひとりの水夫が、
「肝煎り……与助(よすけ)どんが斬られたのや」
「な、なんやと!」
 見ると、小舟のひとつにその船の船頭与助が血だらけで横たわっている。
「与助、大丈夫か!」
「ああ……なんとか……。臍壊そうとしたら、後ろから斬られた。すまん……」
「とにかく早(はよ)う港に入って、医者に診せよ。気をしっかり持てよ」
「すまん……すまん……旦さんに合わす顔がない……」
「おまえのせいやない」
 そうは言ったものの、一艘は美松屋に奪われてしまったことは事実だ。
(旦さん、すんまへん……)
 紺八は心のなかでそう言った。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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