よみもの・連載

浮世奉行と三悪人

第十七話 黒船来航の巻3

田中啓文Hirofumi Tanaka

     三

 四隻の黒く巨大な船が波濤(はとう)をつんざいている。琉球(りゅうきゅう)を出てからすでに六日が経過していた。四隻のうち二隻は帆のほかに左右に大きな外輪がついており、それを猛烈な勢いで回しながら前進している。煙突からは黒煙が上がり、空を黒々と染めていく。二隻の蒸気船は帆船を一隻ずつ曳航(えいこう)しているのでさほど速度は上がっていないが、海原を左右に引き裂きながら進んでいるようなその迫力はまさに四頭の黒鯨だった。
「なにもかも順調だ。明日には日本の港に入ることができるだろう」
 潮風を浴びながら、マシュー・ペリー司令長官兼遣日本大使は満足げに言った。
 ペリーは亜米利加(アメリカ)国海軍の提督である。年齢は五十九歳。熊が吠(ほ)えるような大声だったため「熊おやじ」と水兵たちからひそかにあだ名されていた。しかし、百九十センチを超える長身で、胸板も厚く、肉付きもよかったため、外見も熊に似ている。まさにぴったりのあだ名と言えた。
 英吉利(イギリス)、仏蘭西(フランス)、露西亜(ロシア)をはじめとする西欧列強がこぞってアジア地域を通商の対象にしようと動くなか、やや出遅れていた亜米利加もなんとかそれに加わろうとしていた。また、亜米利加は鯨油を採るために世界中で捕鯨を行っていたが、捕鯨船は一年から二年に及ぶ大航海の途中で水や薪(たきぎ)を補給しなければならない。そこで各国は日本に目をつけたのである。太平洋に面した日本と通商条約を結べば、なにかと好都合である。それには日本を開国させねばならぬ。各国はこぞって日本を訪れ、開国を要求したが、徳川(とくがわ)家は異国船打払令を盾に頑としてそれを拒否した。しかし、その後、公儀は阿片(アヘン)戦争の結果などから次第に態度を軟化させ、打払令を撤回し、天保薪水給与令(てんぽうしんすいきゅうよれい)を出した。亜米利加国内に、日本を開国させるべしとの機運が高まった。
 そんななかで、日本を開国させるのは自分しかいない、と意欲に燃えていたペリーは、海軍長官に対して「日本遠征計画」という独自の案を提出して自分をアピールした。蒸気船を含む軍艦四隻で艦隊を組み、その威容を日本人に見せつければ、彼らは恐怖を感じ、開国に踏み切るだろう、という内容であった。交渉は浦賀(うらが)で行うべきで、日本人は異国との窓口である長崎での交渉を望むだろうが、長崎では阿蘭陀(オランダ)の横槍(よこやり)が入る恐れがあり、また、江戸からの指示を受けるのに時間がかかる、という理由で返事を引き延ばされかねない……とまで書かれていたのである。
 だが、残念ながらペリーの希望どおりにはいかず、亜米利加大統領は東インド艦隊のオーリック司令官を日本に派遣することに決めた。ところがオーリックはある理由から突然解任、更迭され、海軍長官はペリーをその後任に指名したのである。ペリーは亜米利加・墨西哥(メキシコ)戦争においては上陸作戦を指揮し、功績を挙げた優秀な軍人であり、海軍にもっとも積極的に蒸気船の導入を推進したとして「汽走海軍の父」と呼ばれていた。こうしてペリーに日本開国任務が託されたのである。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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