よみもの・連載

元禄八犬伝 さもしい浪人が行く

第一話「通し矢と矢数俳諧」3

田中啓文Hirofumi Tanaka

     五

 江戸城中奥にある側用人(そばようにん)控えの間で、柳沢保明(やなぎさわやすあき)は丶大法師(ちゅだいほうし)からの書状に目を通していた。継飛脚(つぎびきゃく)によってたった今もたらされたものだ。継飛脚は公儀の御用便である。上方(かみがた)からだと京都所司代(しょしだい)と大坂城代しか使うことを許されていなかったが、丶大法師だけは例外的にその使用を許可されていた。大坂から江戸までを、宿場宿場で引き継ぎながら三昼夜で走り切る。
(ふむ……紀文〈きぶん〉と宝井其角〈たからいきかく〉、それに早良義明〈さわらよしあき〉による通し矢と矢数〈やかず〉俳諧の勝負か。面白そうではないか……)
 紀伊国屋文左衛門(きのくにやぶんざえもん)は幕府御用達(ごようたし)の材木商であり、公儀の貨幣の改鋳にも深くかかわっている。保明とも親しい。
(なになに……勝ちを得たるものは文字の浮かびし水晶玉を景物〈けいぶつ〉として供されるとのこと、もしや伏姫〈ふせひめ〉さまの玉にはあらずやと調べたるところ……なんだ、違〈ちご〉うておったのか)
 保明は、これは綱吉(つなよし)に報告するまでもない案件だと思い、そのままふところに入れて、中奥を出た。保明の屋敷は江戸城外郭の常盤橋(ときわばし)内にある。そこに帰ろうと表向きの玄関を出たとき、
「出羽守(でわのかみ)さま……」
 話しかけてきたものがいた。
「おお、鯉屋(こいや)か」
 鯉屋杉風(さんぷう)は、公儀御用達の御納屋(おなや/魚問屋)、である。
「今からお戻りですか」
「ああ、今日も一日くたびれたわい。おまえは商いの打ちあわせか?」
「はい、鯛(たい)の仕入れをどうするか、で御膳奉行さまと……」
「ご苦労だな。生類憐(しょうるいあわれ)みの令のせいで、貝やエビはこの城に持ち込めぬし、魚を生きたまま売り買いすることもできぬ」
「へえ……生きのいい鯛をお届けできないのは残念でございますが、なんとか上さまに美味(おい)しく召し上がっていただけるよう工夫しております」
 杉風とは長年の付き合いである保明だが、商人としても人格に優れ、ひと当たりも柔らかく、禅や絵画、茶道、俳諧にも秀でており、町人とはいえ一目も二目も置いていた。だれにでも愛情を注ぎ、身よりのないものや無宿ものにも私費を投じてその救済を個人的に行っている。
「うむ……頼むぞ」
 そう言って行きかかった保明だが、
「杉風……おまえは芭蕉(ばしょう)の門人だったな」
「はい、さようで……。師が伊賀(いが)から江戸に出てこられてすぐに入門しましたゆえ、なかなかの古株でございます」
「其角(きかく)というものを知っておるか」
「はは……もちろんでございます。私や嵐雪(らんせつ)とともに江戸における芭蕉の門弟としては古老になるかと……」
「どのような仁だ?」
「はあ……どのような、と申されましても……」
 杉風は言いにくそうにしばらく黙ったあと、
「一時は『草庵に梅桜あり、門人に其角嵐雪有り』と芭蕉師に評されるほどでしたが、のちには『其角・嵐雪が義は年々古狸よろしく鼓打ちはやし候はん』と難じられるようになりました。俳風もがらりと変わり、まるでひとが違ったようになってしまい、手前もどういうことかと案じておりました」
 保明の目が光った。
「大酒を飲むようになり、酒席でも傍若無人、無法なふるまいに及ぶことたびたびにて、取り巻いていたものたちもひとり離れ、ふたり離れ……」
「かなり狷介(けんかい)な人物のようだな」
「以前はそんなことはなかったのですが……不思議なものですな」
 杉風はお辞儀をして去っていった。保明はその後ろ姿を見送ったあと、
「そう言えば、今日は紀文も城に来ておるはずだ……」
 とつぶやいた。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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