よみもの・連載

元禄八犬伝 さもしい浪人が行く

第二話「真白山の神隠し」2

田中啓文Hirofumi Tanaka

     三

「へえ……」
 五人は畦道(あぜみち)を進み、真白山(ましろやま)に向かった。山道を登っていると、鳥の声が雨のように降ってくる。
「のどかだねえ……」
 船虫(ふなむし)が言った。
「大坂の町なかにいると、鳥の声なんてまともに聴くことないから、こういう山登りもたまにゃいいもんだね。あれはホトトギスかい? キジも鳴いてるねえ。ん……? あのぼーっ、ぼーっ、ていう低い声はなんだろね? フクロウかい?」
「知るけえ! 鳥なんてどうだっていい。まずは山賊の隠れ家をつきとめねえとな」
「はっ。風流心がないね。呆(あき)れたもんだ」
「うるせえや」
 並四郎(なみしろう)が、
「せやけど、真白神なんていう神さん、ほんまにおるんやろか」
 左母二郎(さもじろう)は、ぺっと唾を吐き捨て、
「いるわけねえだろう。どうせ人間がやってやがるのさ」
「けど、だれもおらんのにいなくなる、ちゅうのは……」
 並四郎がそこまで言ったとき、
「おーい、大坂のお方ーっ」
 後ろから声がした。振り向くと、庄屋が蒼白(そうはく)な顔で追いかけてきている。
「どうした?」
 悪い予感を抱きながら左母二郎がたずねると、
「娘が……とみがおらんようになった……」
「なんだと?」
「さっき鋤(すき)を取りに田んぼに行ったんやけど、いつまで経(た)っても戻ってこんさかい探しにいったのや。でも、どこにもおらん……」
「田んぼは近(ちけ)えのかい?」
「目と鼻の先だす。あいつの脚やったら、まばたきするあいだに戻れるはずだすのや」
「田んぼにはだれかいなかったか?」
「今日の仕事は終わってるさかい、ひとりもおらん。わしも、あいつが田んぼの方に駆けていくのをずっと見とった。山に入るあんた方の後ろ姿にちょっとだけ目をやって、またとみに目ぇ戻したときには……」
 そこまで言うと庄屋は涙ぐんだ。
「あんた方、とみを見かけなんだか?」
 一同はかぶりを振った。丶大法師(ちゅだいほうし)が、
「真白山に入る道がここひとつならば、娘の姿がわしらの目に触れぬはずはない」
「えらいことになってしもた。一番恐れてたことが起きた。あああ……わしはどないしたらええのや」
 しゃがみ込む庄屋に船虫が言った。
「あんた、親だったらもっとしっかりしなよ。あんたが言うように、本当に真白山の神さまが攫(さら)ったんだとしたら、あの子はこの山のどこかにいるはずだろ。あたしたちと一緒に探しに行きゃいいさ」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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