よみもの・連載

元禄八犬伝 さもしい浪人が行く

第三話「三人淀屋」3

田中啓文Hirofumi Tanaka

「ややこしいことしてしもてすんまへん。わしは、むじなの十三吉という元盗人だす。かもめ小僧の兄(にい)さんとは兄弟弟子になりますのや」
「かもめの野郎から聞いた覚えがあるぜ。たしか顔面斎(がんめんさい)とかいうところで七方出(しちほうで)を習っていたとか言ってたな」
「そのとおりでおます。金がまるでのうて困り果てて、つい出来心でかもめの兄さんの名前を使い、えべっこく寺に予告状を出しましたんやけど、見事に失敗しまして、役人に捕まってしもたんだす」
 左母二郎は舌打ちして、
「とんだくたびれ儲(もう)けじゃねえかよ! 馬鹿馬鹿しい!」
 船虫が、
「じゃあ、本物のかも公はどこにいるんだろ。――あんた、知らないかい?」
 十三吉がかぶりを振ったとき、棹を操っていた馬加大記が、
「む……いかん!」
「どうしたんだ?」
「あの船がまっすぐこっちに突っ込んでくる。このままだとぶつかってしまうぞ」
 むじなの十三吉が震えあがって、
「町奉行所の捕り手やおまへんやろな」
 左母二郎が刀の柄(つか)に手を掛け、船虫がふところの匕首(あいくち)を握りしめたとき、向こうの舟の舳先(へさき)がこちらの舟の横腹に衝突した。舟は大きく揺れ、馬加大記は危うく川に落ちかけた。向こうの舟に乗っているのは数人の坊主で、その先頭には重岩(じゅうがん)の姿があった。重岩は左母二郎に向かって、
「また会うたな。その舟に乗っているかもめ小僧をこちらに引き渡していただこうか」
「俺ぁ引き渡したってまるでかまわねえんだがな」
 左母二郎の言葉が終わらぬうちに、重岩はひと抱えもあるような大きな石を左母二郎たちの舟に放り込んだ。
「なにしやがんでえ!」
 重岩はにやりと笑い、大石をつぎつぎと投げ込んでくる。馬加大記が、
「このままでは沈むぞ! 十三吉をあいつらに渡せ」
 十三吉は立ち上がると、みずから重岩たちの舟に乗り移った。重岩は満足げにうなずくと、
「これでよい。では、後始末にかかるか」
 そう言うと、左母二郎たちの舟の船べりを摑(つか)み、
「うがああっ!」
 絶叫一番、持ち上げた。舟はひっくり返り、左母二郎たち三人は東横堀に投げ出された。
「うはははは……うぬらは今日から土左衛門(どざえもん)と名を改めるがよい。さらばだ!」
 哄笑(こうしょう)とともに去っていく重岩たちの舟を、左母二郎たちは川のなかでボウフラのように浮き沈みしながら見送るしかなかった。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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