よみもの・連載

元禄八犬伝 さもしい浪人が行く

第三話「三人淀屋」3

田中啓文Hirofumi Tanaka

「そや。えべっこく寺は霊験(れいげん)あらたか、とか抜かしとるが、じつは住職をはじめ坊主全員がひと皮剥(む)いたら盗人やら掏摸(ちぼ)やら騙りやら道中師やら……悪党ばっかりなんや」
「やっぱりそうだしたか。じつはうちの家内が……」
 辰五郎は、内儀が患いついていたのはじつは出入りの商人北守屋五六兵衛に毒を盛られていたせいであり、馬加大記という医者のおかげで助かった、といういきさつについて話した。並四郎は手を叩いて喜び、
「あははは……馬加(ばか)先生の手柄かいな」
「そうだす。ご存じだすか。大坂一の名医だっせ」
「名医かどうかは知らんけど、よう酒飲む医者や。北守屋五六兵衛ゆうのもほんまはイモリの五六蔵(ごろぞう)ゆう悪徳薬屋や」
「ひええ、そうだしたか。道理で毒の扱いにも慣れとるわけや。――そういうことに詳しいあんたはいったい何者だす? なんでこんなところに入れられてはりますのや?」
「ははは……まあ、その話は置いとこか。――たぶん悪党どもは、あんたをえべっこく寺の檀家(だんか)にして、お布施という名目で淀屋の財産をごっそりいただこう、ちゅう気やったんやろな。けど、それが失敗したさかい、こうして乱暴な手段に出たのやろ」
「わしをかどわかして、身代金を取ろうとしとりますのやろか。そういうことがあったときは脅しに屈せず、即刻お上に届け出るように、と日頃から家内や番頭には言い聞かせとりますさかい、たとえわしが殺されることになろうと金は出さんはずだす。わてが駕籠に押し込められたのは町役も見てたのやから、もうお奉行所は動いてくれてると思います」
 並四郎は、
(この御仁、わてが思たとおり、なかなか気骨のある商人(あきんど)やな。見ると聞くとでは大違いや……)
 内心そう思いながら、
「お上なんか頼りになるかいな」
「そうでもおまへんで。西町奉行所の滝沢ゆうお方が、この寺に盗みに入ったかもめ小僧を見事召し捕りはりましたがな」
「えええっ!」
 並四郎はひっくり返りそうになった。
「寺男になりすまして入り込んでたらしいんだすが、千両箱担いで松の木に登ろうとして落っこちて気絶したところを召し捕られたと聞いとります。怪盗かもめ小僧もたいしたことおまへんなあ」
「だれや知らんけど、ろくなことさらさんなあ。かもめ小僧の名を汚しよって……」
「なんか言いはりましたか」
「い、いや……なんでもない」
「ところが、天満(てんま)の牢に入れられたところを仲間が取り戻しにきよったらしゅうおます。馬に乗ったふたり組が暴れ込んで、まんまと救い出したとか」
「ふーむ……」
(左母二郎と船虫やろか。それとも……)
 とにかくここにじっとしていてはわからないことだらけだ。
「あいつらは身代金を取るよりももっとえげつないことを企(たくら)んどる気がする。なんとかしてここを出たいのやが、あんた、鑢(やすり)とか匕首とか爆裂弾とか持ってないか?」
「お上に訴え出に行くときに、そんなもん持っていきますかいな」
「そやろなあ……」
 並四郎は腕組みをして牢の太い格子を見つめた。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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