よみもの・連載

元禄八犬伝 さもしい浪人が行く

第三話「三人淀屋」3

田中啓文Hirofumi Tanaka


 地下に通じる階段をみしみしいわせながら下りてくるのは重岩だった。肩に若い娘を担いでいる。重岩は娘を三つ目の牢に放り込んだ。その顔を見た淀辰は絶叫した。
「歌! 歌やないか!」
「お父はん……!」
 歌の頰にかすり傷があることに気づいた辰五郎は重岩に、
「歌になにかしたら、わしが許さんからな!」
「言うことをきかぬから少しひっぱたいただけだ」
 重岩の後ろから北守屋五六兵衛ことイモリの五六蔵が顔をのぞかせ、
「旦さん、牢屋に入れられてなはるのに許すも許さんもおまへんやろ」
「わしも天下の淀屋辰五郎や。なんとしてでもここを抜け出し、お上に訴えて出る。貴様らの悪巧みを潰してみせる」
「ひひひひひ……あんたは淀屋辰五郎やないのや」
「なんやと……?」
「淀屋辰五郎さんはちゃーんと店にいてなはる」
 並四郎がうなずいて、
「なるほど……だれかを淀辰そっくりに化けさせて、店に入り込ませたな。もしかしたらかもめ小僧を名乗った偽もんとちがうか?」
 重岩は顔をしかめて、
「おまえは頭が回りすぎる。――まあ、いいか。どうせおまえら三人はもうすぐ死ぬことになる」
 辰五郎は、
「そんなことさせるかい!」
 イモリの五六蔵はにやりと笑い、
「これはしゃあないことや。なにしろ世の中に淀屋辰五郎はふたりいらんからな。どっちかに消えてもらわんと……」
「歌……歌も殺すつもりか!」
 五六蔵は歌をなめるような目で見まわすと、
「替え玉に気づきよったさかいなあ。ほんまはこんな上玉、島原(しまばら)か新町(しんまち)にでも売り払(はろ)うたらええ金になるのに、頭は『あかん』て言いなはる。淀屋の財産が全部手に入るのやから、そんなはした銭はいらん、あと腐れのないようにせえ、というわけやが……ああ、もったいなあ」
 重岩が、
「今夜、頭たちは淀屋に泊まるらしいさかい、明日戻ってきたら三人まとめて殺すてはずや。それまでに辞世の句でも考えとれ」
 そう言うと、ふたりは階段を上がっていった。辰五郎は娘に向かって、
「歌……歌! 心配いらんぞ。わしがかならずおまえを助けたるさかいな」
「お父はん……私、怖い」
 並四郎も、
「大丈夫や。わても手伝(てつど)うたる」
「あなたはどなたはん……?」
「そんなことより、淀屋の店でなにがあったのか教えてくれ」
 歌は、一部始終をふたりに話した。並四郎は、
「あんたが見ても辰五郎さんそっくりやったか?」
「はい……なにからなにまで瓜(うり)二つで、私もお母はんも店のもんも、はじめはだれも疑いませんでした。飲めへんはずのお酒を飲んだのに気づかんかったら、今でも疑ってなかったと思います」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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