よみもの・連載

元禄八犬伝 さもしい浪人が行く

第三話「三人淀屋」3

田中啓文Hirofumi Tanaka

「そんな凄(すご)い変装ができるやつと言うたら……あいつしか思いつかんな」
「あいつ、とは?」
 辰五郎がきくと、
「日本で一番の七方出師はかもめ小僧やけど、二番目がおるのや。むじなの十三吉ゆうやつでな……。あいつの腕ならお内儀も店のもんも得意先も淀屋辰五郎やと信じて疑わんやろから、淀屋の財産は全部えべっこく寺のものになってしまう。急がんとなあ……」
 並四郎は歌に、
「あんた、まさかと思うけど、鑢とか匕首とか爆裂弾とか持ってないわなあ」
「持ってます」
「ええーっ!」
「偽もののお父はんを問い詰めるとき、怖かったんで、自分の部屋から懐剣を持ってきたんです。取り出す機会はなかったけど……ここに連れてこられたときもバレませんでした」
 そう言うと、ふところから護(まも)り刀を出した。五寸ほどの小さなものである。歌はそれを辰五郎に渡し、辰五郎が並四郎に渡した。
「おお、これはええわ。なんとかなるかもしれん」
 並四郎はさっそく自分の牢の格子に切れ目を入れはじめた。しかし、作業をはじめてすぐに重岩とイモリの五六蔵が下りてきたので、懐剣を床に置き、そのうえに座って隠した。
「頭がのう、今日のうちにおまえらを始末せえ、と言うてきた。わしのせいではない。悪う思うなよ」
 重岩がそう言うと、五六蔵もうなずいて、
「向こうは淀屋の大広間で飲めや歌えの贅沢三昧(ぜいたくざんまい)しとるゆうに、こっちはこんな汚れ仕事とは情けない。この娘、殺すまえにわてらもお楽しみを……」
「やめておけ。頭に知れたらこっぴどく叱られるわい」
「黙ってたらわからんがな。――おい、おまえ……」
 五六蔵は並四郎が入っている牢の格子のすぐ下に目をやり、
「なんや、その木屑(きくず)は。――おまえ、立ってみい」
「脚が痛いさかい立ち上がられへんのや」
「うだうだ言うな! 立たんかい!」
「いやべーっ」
 並四郎があかんべえをすると、激怒した五六蔵は重岩に、
「重岩、こいつを立たしてくれ」
「よっしゃ」
 重岩が並四郎の牢の鍵を外してなかに入り、並四郎の身体を持ち上げようとした瞬間、並四郎は尻の下に手を突っ込んで懐剣を摑み、重岩の左の鎖骨のあたりに思いきり突き刺し、引っこ抜いた。
「うおっ……うおおおっ!」
 重岩は野獣のように叫び、三度ほどくるくる回ると、牢からよろめき出、左肩を押さえながらその場にへたりこんだ。並四郎も続いて外に出ると、イモリの五六蔵に向かって、
「おのれのことは知ってるで。道修町(どしょうまち)の嫌われもん、イモリの五六蔵や」
「なんやと。わてを知ってるということは、やっぱりおまえ、お上の回し者か公儀の隠密……」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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