よみもの・連載

元禄八犬伝 さもしい浪人が行く

第三話「三人淀屋」3

田中啓文Hirofumi Tanaka

     六

「ふーむ……正面から入るのは無理のようだな」
 えべっこく寺の山門のまえで、提灯(ちょうちん)をかざしながら左母二郎が唸(うな)った。同行しているのは現八、船虫、丶大法師、馬加大記の四人である。山門は固く閉ざされ、『当面のあいだ参拝の儀はお断りする』という張り紙が貼られていた。町奉行所の突入時に折れた閂(かんぬき)も修繕されているようだ。すでに日は暮れている。船虫は、
「裏門も同じだろうね。梯子(はしご)でも掛けて、塀を乗り越えようか」
 そのとき、山門のくぐり戸が内側から開いた。左母二郎たちはあわてて門の横に身を隠した。出てきたのは重岩だ。ぼろ布のようなもので肩を押さえ、苦しそうにあえぎながら歩いている。くぐり戸を閉めるのも忘れている。
「しめた。入ろうぜ」
 しかし、馬加大記がかぶりを振り、
「医者としてあの出血はほうってはおけぬ。医者にたどりつくまでに死んでしまうやも知れぬ」
 現八も、
「そりゃそうだ。敵も味方も命の尊さに変わりはない」
 と同調した。左母二郎は舌打ちをして、
「ちっ、かっこつけやがって。早くしろよ」
 馬加は重岩に向かって、
「もし、そこのおひと」
「なんじゃい!」
 重岩は顔をしかめて振り向いた。
「あいや、わしは医者だが、あんた、その出血では死んでしまうぞ。わしが診てやるからそこに腰をかけなさい」
「いや、そういうわけにはいかん」
「いいからいいから」
「ほっといてくれ」
 じれた左母二郎が暗闇からずいと現れ、
「診てやるって言ってんだからおとなしく診てもらえよ!」
「おかしいと思ったら、貴様らだったのか。わしを罠(わな)にかけたな!」
「そうじゃねえよ。このおっさんは本ものの医者さ。死にたくねえならおとなしく治療してもらえ」
 重岩は聞かず、太い腕を振り回して暴れ出したが、そのせいで出血はますますひどくなり、ついには昏倒(こんとう)してしまった。馬加がすぐに血止めをして、
「わしはこの男を診ているから、あんたたちは並四郎を探しにいってくれ」
「おめえが仏心を出さなきゃ、こいつから居場所を聞き出せたのによ」
「ははは……すまんすまん」
 左母二郎たちはくぐり戸をくぐって境内に入った。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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