よみもの・連載

元禄八犬伝 さもしい浪人が行く

第三話「三人淀屋」3

田中啓文Hirofumi Tanaka


 歌が、匕首を振り上げたイモリの五六蔵と並四郎のあいだに割って入り、
「このひとだけは助けてください。赤の他人やのに、私とお父はんを助けようとしはったんです」
「せやから、三人ともあの世行きにすることになっとんのや。順番を待たんかい」
 そのとき地上からだれかが下りてくる足音が聞こえてきた。
「重岩が戻ってきたんかいな」
 そうつぶやきながら振り返った五六蔵の鼻先に刀が突き付けられた。並四郎が顔を上げ、
「左母やん、遅かったな!」
「これでも急いだ方だぜ」
 五六蔵は悔し気に、
「仲間が来てしもたか。――ようこの地下牢がわかったな。重岩がしゃべったんか?」
「そうじゃねえ。血の跡をたどってきたらここに続いてたんでな、簡単に見つかったぜ」
「くそっ……」
 五六蔵は四人の顔を見渡していたが、船虫に目を止め、
「お、おまえ、淀屋に来た医者の薬箱持ってた女やな!」
「あらまあ、よく覚えてること。やっぱりいい女の顔は忘れようにも忘れないもんだねえ」
 船虫は艶然と笑った。並四郎が左母二郎に、
「こいつはイモリの五六蔵ゆうて、悪徳薬屋や。叩き斬ったかてかまへんワルやで」
「ひいいっ、お助け!」
 五六蔵は両手を合わせて左母二郎を伏し拝んだ。左母二郎は刀の柄頭を五六蔵の額に打ちつけた。五六蔵は目を回して伸びてしまった。左母二郎は並四郎の顔をしげしげと見て、
「随分とひでえ目に遭ったようだな。あとで馬加先生に診てもらえよ。――今、一番してほしいことはなんだ?」
「飯が食いたい……」
 歌は、五六蔵が持っていた鍵で淀屋辰五郎の牢を開けた。辰五郎は歌と抱き合ったあと、
「皆さん方にはお礼の述べようがおまへん。心からありがたく思うとります」
「馬鹿野郎! 俺たちゃそんなんじゃねえんだ。金で動く、ただの悪党よ」
「そんなことおまへん。この淀屋、いずれ皆さんにご恩返しを……」
「やめてくれ! そういうことをされるのが一番嫌(きれ)えなんだ」
「ど、どうしてでございます?」
「自由がなくなるからさ。施しはまっぴらだ。俺ぁ自分のやり方で銭を稼ぐのさ」
「はあ……」
 並四郎も、
「商人の金蔵を狙う盗人が、商人から金をもらう……ゆうのはわても嫌やな。盗人は盗んでなんぼやさかい」
 そのとき、丶大法師が言った。
「おい、さっきの五六蔵という男がおらぬぞ」
「しまった。隙を見て逃げたな」
 現八が、
「おそらく淀屋にいる仲間たちにご注進に行ったのだろう。我々も追いかけよう」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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