よみもの・連載

元禄八犬伝 さもしい浪人が行く

第三話「三人淀屋」3

田中啓文Hirofumi Tanaka

 三人目の淀屋辰五郎が現れ、座敷は騒然となった。洞穴上人は刀を抜き、
「こうなったら本もの以外のふたりを斬り捨てるしかない。おい……本ものはどいつだ」
 三人とも手を挙げる。洞穴上人は腹立たしげに、
「着物を見ればわかる。――おまえが本ものだな。ということはあとのふたりには死んでもらう」
 彼は酔っぱらってごろ寝をしている僧たちを叩き起こすと、
「起きろ! 起きぬか!」
「あ、頭……なんぞおましたか。――あれ、飲みすぎたんかな。淀屋が三人に見える」
「三人おるのだ!」
 洞穴上人はなかのひとりを指差すと、
「あいつ以外のふたりを殺してしまえ」
「なんやわからんけど承知しました」
 僧たちは目をこすりながら刀を抜き、ふたりの淀屋に向かって詰めかけようとした。
「そうはさせねえぜ」
 襖を蹴破って入ってきた男に洞穴上人が、
「なにものだ」
「さもしい浪人網乾(あぼし)左母二郎……」
 その後ろには丶大法師、犬飼現八、船虫が並んでいる。洞穴上人はふふんと笑い、
「たった四人か。――やってしまえ!」
 一斉に斬りかかってきた僧たちのまえで左母二郎は低く身構え、先頭のひとりが近づくのをぎりぎりまで待ってから伸びあがると同時に刀を抜いた。僧は腕を斬られて倒れた。
「気を付けろ、居合いを心得ているぞ」
 ほかの僧たちの脚がぴたりと止まった。菊と歌、奉公人たちは悲鳴を上げながら廊下に避難した。左母二郎は座敷を右へ左へとひた走り、襲いかかる坊主どもを床に這(は)わせていく。丶大法師は錫杖(しゃくじょう)を振るい、向かってくる僧たちを突き飛ばし、薙(な)ぎ倒し、叩き伏せた。現八は正規の稽古を積んだ武芸者らしく、正眼(せいがん)の構えから相手をひとりずつ峰打ちで的確に倒していく。船虫も逆手に持った匕首を巧みに操り、僧たちに手傷を負わせていく。
 しかし、多勢に無勢である。次第に左母二郎たちは劣勢になっていった。イモリの五六蔵が奥の座敷に駆け込み、戻ってきたときには手に短筒を持っていた。火縄には火が点(つ)いている。
「まえに旦さんに自慢されたことがあるのや。こういうときに役立つとはな……」
 言いながら淀屋辰五郎に狙いをつけ、
「おまえら、辰五郎を殺されとうなかったら刀を捨てんかい!」
 左母二郎たちは顔を見合わせた。並四郎の化けた淀辰が、
「しゃあないわ、左母やん。言うとおりにしよ」
「ちっ」
 左母二郎は刀をその場に投げ捨てた。ほかのものも同様にした。
「はははは……頭、勝負はついたみたいだっせ」
 五六蔵が洞穴上人にそう言いかけたとき、
「うおおおおおっ……!」
 凄(すさ)まじい咆哮(ほうこう)とともに巨大な岩石のようなものが座敷に飛び込んできた。それは、猪(いのしし)のように駆け回り、短筒を持ったイモリの五六蔵を見つけると、彼に向かって突進した。顔面は紅潮し、鬼のような顔つきになっている。――重岩だ。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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