よみもの・連載

元禄八犬伝 さもしい浪人が行く

第七話「空から落ちてきた相撲取り」2

田中啓文Hirofumi Tanaka

     二

 夕方近くになって隠れ家に戻ってきた船虫(ふなむし)は、世直し大明神にひどい目にあった鬱憤を左母二郎(さもじろう)と並四郎(なみしろう)にぶちまけた。並四郎は、
「ひどいやつやなあ。なにが世直しや。ただのひと殺しやないか」
 左母二郎は鼻で笑って、
「そういう野郎は、この世には正義と悪しかねえ、と思ってる。そして、おのれはいつも正義の側、正しい側に立っていると思ってる。だから、悪は斬り捨ててもかまわねえ、そうすることでよりよい世の中になる、と思ってる。ワルよりもおっかねえ。近づかねえこったな」
「あたしもつくづくそう思ったよ。世直し大明神なんてダサい名前つけやがって……。ほんとはえらーいお役人なんだとさ。結局はお上(かみ)のご威光を笠(かさ)に着て好き放題やってるだけじゃないか」
「それがマジなら、とんでもねえこった」
 船虫が吐き捨てるように、
「役人が、世直しだ、とか言ってひとを斬ってる、なんてめちゃくちゃだよ。あたしゃ、犬田小文吾(いぬたこぶんご)さんが通りかからなかったら死んでるところさね」
「その犬田ってえやつはどうしたい?」
「『犬小屋』に寄って、荷物を置いてから顔見せるって言ってたから、おっつけ来ると思うよ」
 船虫の言葉が終わらぬうちに、
「どなたもご免くだされ」
 犬田小文吾が入ってきた。両手に大きな一斗樽(だる)をふた樽ずつ下げている。それを見るだけで、小文吾がよほどの膂力(りょりょく)の持ち主とわかる。
「手土産(てみやげ)を買(こ)うてきたゆえ遅うなった。わっしが八犬士(はちけんし)の一人(いちにん)、犬田小文吾と申すもの。以後、昵懇(じっこん)にお願い申す」
 そう言うと、一斗樽四つと大きな頭陀袋(ずだぶくろ)を土間にどすん、と置いた。八房(やつふさ)がびっくりして跳ね上がった。
「法師殿からくれぐれも金を渡してはならぬ、機嫌を損じる、と言われておったが、酒ならばよかろう。八房の世話をしてもろうとる礼じゃわい」
 上がり込んだ小文吾は部屋のなかを見渡して、
「ほほう、よい家だのう」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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