よみもの・連載

元禄八犬伝 さもしい浪人が行く

第七話「空から落ちてきた相撲取り」3

田中啓文Hirofumi Tanaka

「どうして死んだとわかるんでえ」
「鮫関は竜巻のせいで亡くなった、と町奉行所から聞かされたのじゃ。乗っていた船が空中高く巻き上げられ、船はばらばらになって、付き人ふたりの死骸が見つかったとか……。鮫関の死骸は見つかってはおらぬが、あのありさまではとてもではないが生きてはおるまい、とお役人が言うておられた。今になってもここへお越しになられぬし、亡くなられたにちがいないわい」
「その鮫ケ海てえのは、どんな野郎なんだ?」
「どんな野郎と言われても……色白で、搗き立ての餅のような肉(しし)おきじゃ。腕は大木のように太く、肩や胸も膨れ上がっておる。額が狭く、眉は細い。目はどんぐり眼(まなこ)で、唇は上下ともに分厚く、左の頰には土俵で受けた古傷がある」
「そいつだ! 間違えねえ! 鮫ケ海は生きてるぜ」
「えっ? そゃりあまことでござんすか?」
「たぶんな……おめえは?」
「鮫関の弟弟子で鮒ケ池と申すもの。わっしら、てっきり亡くなったとばかり……」
「じつぁな、俺ん家の屋根を突き破って落ちてきた相撲取りがいたんだ。そいつが鮫ケ海じゃねえか、と思うんだが……大怪我はしてたが生きてたよ。医者にも診せたし、薬も盛った」
「おおおおお! では、鮫関は……鮫関は生きとられるのか!」
 力士たちは手を握りあい、身体を叩き合って喜びを表している。
「おりゃあそれを確かめにきたのさ。その相撲取りは頭をぶつけたかなんかして、健忘ってやつになったみてえで、自分がどこのだれだか思い出せねえってんだ。そうこうしてるうちにいなくなっちまってな。そいつが鮫ケ海だとしたら、健忘が治ってここにいるんじゃねえか、と思って来てみたのさ。けどよ、今、おめえから鮫ケ海の風貌を聞いたら、うちに落ちてきた野郎とおんなじだ。やっぱりあいつが鮫ケ海だな」
 鮒ケ池は左母二郎に深々と頭を下げ、
「なにからなにまで鮫関がお世話になり、お礼のしようもござんせんわい。ありがとうござんす」
 ほかの力士たちもあわてて頭を下げた。
「なーに、そんなんじゃねえ。屋根と天井の修繕費をもらいてえと思っただけさ。――その鮫ケ海っていうのは強(つえ)えのか?」
「強いなんてもんではござんせん。わっしらが総出で束になってかかってもかないませんわい」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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