よみもの・連載

元禄八犬伝 さもしい浪人が行く

第七話「空から落ちてきた相撲取り」3

田中啓文Hirofumi Tanaka

「知っとる。萩の毛利(もうり)公お抱えの力士と大坂の何奴部屋の取り組みじゃ。大坂の素人相撲で鎧竜というのがえろう人気があるらしいのう。孝行もので、親の家業を助けるために賭け相撲に出る、とか聞いた。よい話ではないか。わっしもぜひ見物に行きたいとは思うておった」
「ところがだ……その鎧竜なる男は孝行ものどころかとんだ極悪人なのだ。これまでも怪力を頼んで、さんざん飲み食いしたあげく、代金を求められると大暴れして店を壊したり、ひとを殴ったり、投げ飛ばしたり……。近頃ではどの店も、関わり合いになって怪我をしたり、店を潰されたりするのが怖いゆえ、顔を見ると金を出して帰ってもらう……という鼻つまみものなのだ」
「聞いておった話とまるで違うのう……」
「おのれのことを美談に仕立て上げて父親の工房で瓦版に摺(す)り、タダで撒(ま)いているから知らぬものには人気があるが、皆だまされておるのだ。当人を知っているものにとっては噴飯ものだ」
「ひどいやつじゃのう」
 小文吾の顔面が怒りに赤く染まった。
「しかも、土俵のうえでは怪我をさせても罪に問われぬのをよいことに、何人もの取り組み相手に大怪我をさせ、二度と相撲が取れぬようにしている。それも、相手がすでに手を突いたり、土俵を割ったりして勝負がついているのに、さらに思い切り突き飛ばしたり、のしかかったり……。なかには死んだものもおる」
「それは、ダメ押しというて、一番やってはいかんことじゃ。うーむ、聞けば聞くほど相撲道に反したやつじゃわい」
 興奮した小文吾は、両手で床を叩いた。どうん、と家が揺れ、大明神は跳び上がった。
「地震や! 逃げっ!」
 隣に住む男が家から飛び出したらしい。
「わしは世直し大明神だ。悪を許すことはできぬ。何度かこらしめようとしたが、情けないことに向こうのほうが力がうえで果たせなかった。そこに今度の相撲だ。やつはおのれに大金を賭け、優勝して大儲けするつもりのようだ。だが、萩の鮫ケ海はかなり強いという。わしは鮫ケ海が鎧竜を土俵に叩きつけてくれるのを期待しておった。ところが……その頼みの綱の鮫ケ海が、竜巻に巻き込まれて行き方知れずになってしまったのだ。船に同乗していた付き人ふたりの死骸は見つかった。鮫ケ海の死骸はいまだに見つからぬが、おそらくは死んだものと思われる」
「ははあん……やはりあいつは……」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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