よみもの・連載

元禄八犬伝 さもしい浪人が行く

第七話「空から落ちてきた相撲取り」3

田中啓文Hirofumi Tanaka

「此度の相撲興行を万書堂が主催したというのは、せめて萩の大関鮫ケ海が、息子を殺した鎧竜を負かすのを見たい……そんな一心からだ。その鮫ケ海が不在とあっては、逆に鎧竜に優勝をさらわれてしまう。そこで犬田殿にお願いする次第……」
「鎧竜というのは、なんというむごいことをするやつじゃ!」
 怒り心頭に発した小文吾は、拳をかためて壁をどすどすと殴りつけた。ぐらり……と家がゆらぎ、
「また地震や! みんな逃げっ」
 隣に住む男がふたたび家から飛び出したようだ。
「うむ……とにかく精いっぱいのことはやってみよう。萩の力士たちはどこにおる」
「順慶町の藤沢部屋というところを宿舎にして稽古をしておるそうだ」
「わっしもちいとばかり寄るところがあるが、そのあとすぐに藤沢部屋に参るとしようかい」
「よろしくお願いいたす」
 大明神は頭を下げると、飛車さん、歩兵さんとともに長屋を出た。飛車さんが大明神に、
「拙者は感動いたしました」
「なにがだ」
「よくもまああれだけでたらめが口からすらすら出るものだと……」
「ふっふっふっふっ……嘘(うそ)いつわりは大の得意なのだ」
 大明神はからからと笑った。

 酒魂(さかたま)神社に赴いた小文吾は、左母二郎は訪ねてきたが、すぐに藤沢部屋に向かった、と知った。宮司(ぐうじ)は、
「おまえさんもその体格からして相撲取りかね」
「わっしは……萩から来た鮫ケ海というものじゃ。少し遅れたが、今日から部屋の皆と合流して稽古することになりました。当日はこちらで世話になりますゆえ、よろしゅうお頼み申す」
「おお、あんたが鮫ケ海か。たいそうお強いそうじゃな。わしも見物させてもらうのを楽しみにしとる」
「わっしも大坂の衆に相撲を見ていただくのが楽しみでなりませんわい」
「鎧竜とあんた、どっちが勝つかわからんが、わしは鎧竜に賭けてしもうた。悪う思わんでくれ」
「それはかまいませぬが……その鎧竜という仁についてなんぞ存知よりがあったら教えてくださらぬか」
「会(お)うたことはないが、なんでもたいへんな孝行者だとか」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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