よみもの・連載

元禄八犬伝 さもしい浪人が行く

第七話「空から落ちてきた相撲取り」3

田中啓文Hirofumi Tanaka

 卯左衛門はしばらく考えていたが、
「わてもよう知りまへんけど、道修町(どしょうまち)に毒薬を専門に扱(あつこ)うとる薬屋があるそうだす。そこで、しびれ薬を買(こ)うてきて、鎧竜に飲ましたらどないだすやろ。相撲が取れんほどの強い毒はあきまへんけど、身体がしびれるぐらいの毒やったらちょうどよろしいやろ」
「それはよい。まさにダメ押しだわい。だが、薬種問屋は素人には売ってくれまい。各地から仕入れた薬種は、まず仲買いに売り、それを買った医者がいろいろ調合してはじめて薬になるのだからな」
「道修町には脇店というて、大店(おおだな)から分家、別家した店がおます。そういうところは構えは小さいけどなんでもやりよる。自分のところで調合して、売薬にして売ってるところもおますのや。せやけど、なんぼ脇店でも、毒ともなるとお上(かみ)の認可状を持っていかんと売りよりまへんやろ……」
「ならば、わしの出番だのう」
「よろしゅう頼んます」
 ふたりは見つめ合って笑みを浮かべた。

「ずいぶんと遅れてしもうた。大井川(おおいがわ)で川止めに遭うたゆえやむをえぬことだが……」
 大坂へと向かう夜船のなかで、船中でも笠(かさ)をかぶったその人物はかたわらの丶大法師(ちゅだいほうし)に話しかけた。丶大法師と同じく僧形だが、恰幅(かっぷく)がいい。
「遠路はるばるお越しいただきかたじけない。大坂に着きましたら長旅の疲れをお取りくだされ。と申しても庶民の住まう手狭な長屋ゆえ、おくつろぎいただけぬかもしれませぬが……」
「なんの……わしも修行時代はいろいろと苦労したものだ。野に寝たり山に寝たりすることも度々であった。屋根があるだけで十分だ」
「そうおっしゃっていただけると助かりまする。なにしろ大坂では隠密にことを運べ、と出羽(でわ)さまから再三のお指図がござって……」
「上さまは、伏姫さまのことを水戸(みと)さまに知られるのを恐れておいでなのだ。もし、あちらが伏姫さまの存在に気づき、先に見つけてしまうようなことがあっては人質を取られたも同然だからな」
 ふたりで五人前の船賃を支払い、広く場所を占有しているので、他人に話を聞かれる心配はない。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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