よみもの・連載

元禄八犬伝 さもしい浪人が行く

第七話「空から落ちてきた相撲取り」3

田中啓文Hirofumi Tanaka

「天井はどうなったい?」
「そっちはまだや」
「下りてきてくれ。ちいと話がある」
 並四郎が下りてきたのと船虫が現れたのがほぼ同時だった。
「船虫、ちょうどいいや。相撲のことで話してえことがあるんだ」
「あたしのほうもさ」
 三人は隠れ家に入った。まずは、船虫が口火を切った。実乃という娘が商人風の男から財布を掏り取り、用心棒らしき侍に手裏剣を打たれ、斬り殺されそうになったこと、その男は万書堂の卯左衛門という本屋の主らしいこと、なぜか町奉行の発行した毒薬売買の許可状を持っていて、しびれ薬も懐中していたこと……などを話しているうちに、左母二郎の顔つきが次第に変わってきた。
「これがその書き付けさね」
 船虫は実乃から預かった許可状をふたりに見せた。
「大坂町奉行中山出雲守時春、か。押印もしてあるし、どう見ても本ものだな。けど……しびれ薬を買うたあ、なにを企(たくら)んでやがるんだろう」
「馬加(ばか)先生は、お菓子屋に入ろうとしてたのが怪しいって言ってたよ。しびれ薬を他人に飲ませるにはお菓子に仕込むものなんだってさ」
「その実乃って子はどうなったんだ」
「今は馬加先生のとこにいる。しばらく預かるっていうから安心だよ」
 続いて左母二郎が、落ちてきたあの相撲取りがいなくなったこと、彼は萩から来た鮫ケ海という大関にまちがいないこと、今度の興行主はじつは万書堂卯左衛門であること、鮫ケ海は萩の力士が寄宿している藤沢部屋にも姿を見せていないこと、文亀堂の息子鎧竜が、贔屓がタダで配っているらしい瓦版のせいもあって賭けでは断然の人気を集めていること……などを話した。船虫が目を丸くして、
「じゃあ相撲興行そのものが、万書堂が文亀堂を潰すために仕組まれてるってことかい? ひどい話だねえ」
「それと、賭けだな。大金が動く。たぶんその金は万書堂のふところに入るんだろう」
 並四郎が、
「ほたら、鎧竜の人気をわざと上げといて、そこに賭け金を集めるだけ集めたうえで、鮫ケ海が優勝する、ていう筋書きかいな」
「そういうこったろうな。だから、鮫ケ海に大金を賭けてるやつが怪しいってことさ。瓦版を配ってるのもどうせそいつだろうよ」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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