よみもの・連載

元禄八犬伝 さもしい浪人が行く

第七話「空から落ちてきた相撲取り」3

田中啓文Hirofumi Tanaka

 船虫が、
「そいつを探れば黒幕がだれかわかるね」
 左母二郎が、
「ところが、そこに突然の竜巻だ。鮫ケ海は吹っ飛ばされて大怪我をして、そいつらの企ても吹っ飛んじまったってわけだ。そいつらは今ごろ、大慌てで鮫ケ海の代役を探してるんじゃねえのか」
 船虫が、
「いい気味だねえ。あたしゃ、ひとが儲けてるのを見るとムカムカするんだよ」
 並四郎が、
「それにしても変やなあ。こういうことはなんでもお上の許しがいるはずやろ? 勧進相撲以外の相撲興行や賭け相撲も、薬種問屋が毒薬を本屋に小売りするのも、町奉行が許可したわけや。まさかと思うけど、万書堂と町奉行が結託しとる……そんなめちゃくちゃなことあるやろか」
 船虫が、
「あたしも、いくらなんでも町奉行がそこまで腐ってるとは思えないよ。それにさ、今のお奉行さん、西町も東町もたしか中山出雲守なんて名前じゃないよね? やっぱり偽ものじゃないのかい?」
 左母二郎と並四郎は顔を見合わせた。
「そうけえ……そういうことけえ」
「なーるほど、やっとわかってきたわ」
 船虫が、
「どうしたのさ。中山っていう町奉行がいるのかい?」
 並四郎が、
「知らんのか。今、大坂町奉行は三人おるんやで」
「ああ……そっか!」
 五年ほどまえ、公儀は全国の遠国(おんごく)奉行の体制を見直した。そのとき、堺(さかい)奉行が廃止され、大坂町奉行はひとり増員されて三人となり、堺奉行も兼務することになった。三人になったとはいえ、東町と西町のほかに北町とか南町ができたわけではなく、ひとりは江戸で待機しているだけなので、見かけはそれまでと変わらない。だから、船虫のように、「町奉行が三人いる」と言われてもピンと来ない大坂人がほとんどだった。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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