よみもの・連載

元禄八犬伝 さもしい浪人が行く

第七話「空から落ちてきた相撲取り」5

田中啓文Hirofumi Tanaka

     五

「網乾左母二郎(あぼしさもじろう)だと? 何者だ」
 世直し大明神が万書堂卯左衛門(まんしょどううざえもん)に言った。
「わかりまへん……。素浪人みたいやったけど、剣術の腕はうちの駿河(するが)と互角でおました」
「うーむ……金になりそうなことに首を突っ込んでくる小悪党だ、とは思うが、気を付けたほうがよいな」
「賭け相撲の裏側を嗅ぎまわってるとすれば、大坂町奉行所の同心、ゆうことはおまへんやろか」
「それならば、わしの耳に入っておるはずだが……」
「中山(なかやま)さまは今は江戸におられることになっとりますさかい、まだご存じないだけかもしれまへん……」
「わしが大坂町奉行として、勝手におまえに便宜を図っていることが知れたら、わしの出世の道が閉ざされてしまう。いや、出世どころか解任されて蟄居(ちっきょ)、閉門ということもありうる」
「えらいことですがな」
「そうならぬためにも老中、大目付、若年寄、目付……あたりに金をばらまかねばならぬ。明後日の相撲はどうあっても犬田(いぬた)、いや、鮫ケ海(さめがうみ)に勝ってもらわねば……」
「そのことだすけどな、またひとつ、ええ思案が浮かびました」
「なんだ。早(はよ)う申せ」
「鎧竜(よろいりゅう)は大の孝行もの。せやさかい、父親になにかあったら、相撲どころやおまへんやろなあ」
「なるほど。その手があったか」
 ふたりはうなずき合った。

 隠れ家に戻ってきた左母二郎は、ちら、と犬小屋を見たが灯(あか)りがついていない。
(小文吾〈こぶんご〉の野郎、まだ帰〈けえ〉ってねえのか……)
 そう思ってなかに入ると、八房(やつふさ)が所在なげに座っている。八房は左母二郎を見ると、くーんくーんと鳴いて、身体(からだ)をすり寄せてきた。しかたなく左母二郎は八房を抱き上げ、隠れ家に連れて帰った。すでに並四郎(なみしろう)は戻っており、遊びに来ていた船虫(ふなむし)と酒を飲んでいた。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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