よみもの・連載

元禄八犬伝 さもしい浪人が行く

第七話「空から落ちてきた相撲取り」5

田中啓文Hirofumi Tanaka

 左母二郎は宮司のはからいで、向こう正面に席を取り、並んで腰を下ろした。土俵のうえには、すでに大坂の何奴(なにやつ)部屋の力士たちが上がっていて、ふたりひと組で軽くぶつかり合ったり、ひとりで身体をほぐしたりしている。そのなかには鎧竜の姿もあった。鎧竜は左母二郎の姿を見つけると、
「おおい、網乾の旦那さん、わしじゃ、わしじゃ。わしの晴れ舞台、見届けてくだされ!」
 大声でそう言いながら手を振ったので左母二郎は赤面して顔を隠した。客たちは本番まえだというのに目をぎらぎらさせて力士たちを見つめている。それは、賭け相撲でもあるからだろう。一攫千金(いっかくせんきん)を狙っているものたちにとっては、これは相撲ではなく博打なのである。
「あんた、なにをさっきからじっと見てまんねん」
「わては、相撲取りのケツを見てますのや」
「気持ち悪いなあ。なんでそんなことしますねん」
「知りまへんか? 力士の強さ、弱さはケツで見分けられますのや」
「ほんまかいな」
「ほんまだす。この道十年のわてが言うのやさかい間違いおまへん」
「強い力士、ゆうのはどんなケツだす?」
「大きゅうて、きゅっ、と引き締まっとります」
「弱い力士は?」
「だらっとしとります」
「ほな、あそこにおる相撲取りのなかではだれが一番強いんだす?」
「そらもう鎧竜に決まってますがな。わて、鎧竜の賭け札、五枚も買(こ)うてますのや」
「知らんがな、そんなこと」
「ほな、あんたはだれに賭けたんや」
「わてだすか? 聞いて驚きなはんな。何奴部屋のへろ登(のぼり)だっしぇえ」
「そんな弱そうな四股名(しこな)の相撲、あきまへんやろ」
「たしかに人気はさほどおまへん。けど、こいつが勝ったら、えげつないぐらいの大儲けができまっせ。言うたら悪いけど、鎧竜は人気がありすぎる。勝ったかて、たいして儲かりまへんやろ」
「そらそやけど、賭けというのはとりあえず勝たななんにもならん。へろ登なんか絶対負けまっしゃろがな。はじめっから負けるのがわかってる力士に賭けて、なんの意味がおますのや」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

Back number