よみもの・連載

元禄八犬伝 さもしい浪人が行く

第七話「空から落ちてきた相撲取り」5

田中啓文Hirofumi Tanaka

「いや……この世に絶対はおまへん。ひょっとしたらひょっとするかも……」
「あんた勝負師やなあ。尊敬するわ。たぶんあかんけど」
 わあわあと見物人が騒いでいるなか、金刺繍(きんししゅう)の覆面をつけて顔を隠した世直し大明神こと中山出雲守(いずものかみ)と万書堂卯左衛門が一番高い場所にある席に着いた。ほかの客席とは離れたところにあり、簾内(すだれうち)なので顔を見られる心配はない。かたわらには五段の重箱があり、贅(ぜい)を尽くした料理が詰まっている。もちろん酒もある。
「中山さま、ご安堵(あんど)なされませ。今、報(しら)せが来ましたが、うまいこと行きましたで」
「そうか……ならばよい。ゆるりと相撲を見物しようか」
「そうなさいまし。鮫ケ海が優勝することはこれで本決まりになりましたさかいな……」
 卯左衛門はそう言った。
「首尾よくいったのか」
「へえ……すべては筋書き通りに……」
「ふっふっふっ……ならばよい。酒をもらおうか」
 新町(しんまち)の美妓(びぎ)を左右にはべらせ、ふたりはちびりちびりと飲み出した。
 一方、左母二郎は高齢の宮司と並んで、酒を飲んでいた。こちらは質より量である。肴(さかな)は、煎った豆だ。
「取り組みはどんな具合にやるんだ?」
 左母二郎がきくと、
「まず、最初に籤引(くじび)きをするらしい」
 宮司によると、一回戦は萩の力士と大坂の力士に分かれて籤を引き、対戦相手を決めるのだという。そして勝った力士で二回戦、三回戦を行い、最後に勝ち残った力士が優勝となる。
「じゃあ、二回戦以降は萩の力士同士とか大坂の力士同士の取り組みがあるわけだな」
「そういうことじゃ。とはいえ、優勝した相撲取りが萩か大坂か、というのは大事じゃろうて。たがいに意地があろうからな」
「けどよ、てえことは、はじめにいきなり鎧竜と鮫ケ海がぶつかるってこともあるわけか」
「ところがそうはならぬようになっておる。鮫ケ海が籤を引くときは鎧竜の名の書いたものは外してある。でないと、賭けが盛り上がらぬからのう」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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