よみもの・連載

元禄八犬伝 さもしい浪人が行く

第七話「空から落ちてきた相撲取り」5

田中啓文Hirofumi Tanaka

「うーむ……じつはわしも相撲好きでな、今度の相撲には鎧竜の賭け札をかなり買ってある。まことは観にいきたかったのだが、お勤めがあるゆえあきらめておった。だが、おまえの気持ちもわかるし……。そうだ、こういたそう。わしが堀江の酒魂神社まで連れていってやろう。いやいや、礼を言うには及ばぬぞ。では、早速行こう」
 鬼右衛門は仕事にかこつけて相撲を見物するつもりなのである。
「お役人さまにそのようなことをさせては申し訳ない。場所さえ教えてもらえればひとりで参ります」
「いやいや、病み上がりのものを大坂の町にひとりで放り出すわけにはいかぬ。参ろう参ろう。奉行所の駕籠(かご)を使え。もちろんわしも乗る」
 そう言うと鬼右衛門は、ふところにある賭け札を着物のうえからそっと押さえた。

 ついに相撲興行がはじまった。審判役が東西にひとりずつ座り、土俵を見つめている。行司が土俵の中央に進み出ると、
「それではただ今より土俵入りを行います。西方大坂相撲、何奴部屋の力士、土俵に上がりましょう。まずは、へろ錦」
 痩せた力士が土俵に上がった。
「つづいて、錦ノ明(にしきのあきら)、錦ノ袈裟(けさ)、へろ登、最後は鎧竜……」
 大坂方の五人の力士が土俵に上がり、柝(き)の音にあわせて柏手(かしわで)を打ち、両手を上げて四股を踏む。
「ええぞええぞ、鎧竜っ!」
「日本一!」
「天下一!」
 大坂の力士が土俵を下りたあと行司が、
「つぎは東方、萩は毛利(もうり)公お抱え力士、土俵に上がりましょう。まずは、鰻川(うなぎかわ)……」
 左母二郎は、
(どうなるんだ、こりゃ……)
 柄にもなくはらはらしながら、酒を舐(な)めなめじっと土俵を見つめていた。
「つづいて、蛙ケ沼(かわずがぬま)、泥鰌湖(どじょううみ)、鮒ケ池(ふながいけ)……鮫ケ海!」
 鮫ケ海と名を呼ばれて土俵に上がった力士の顔を見て、左母二郎は飲んでいた酒を噴き出した。
「あ、あの野郎……」
 それが犬田小文吾だとわかったとき、左母二郎は思わず立ち上がっていた。宮司が、
「どうしたんじゃ?」
「い、いや……なんでもねえよ。そうか……そういうからくりか……」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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