よみもの・連載

元禄八犬伝 さもしい浪人が行く

第七話「空から落ちてきた相撲取り」5

田中啓文Hirofumi Tanaka

「もう一発じゃ!」
 小文吾は再度頭突きをしようと猛進した。しかし、鎧竜は小文吾の頭頂がおのれの胸に当たる寸前、両手を下げて小文吾のまわしの後ろ褌(みつ)を摑み、ぐいい、と持ち上げた。小文吾は前のめりになったが、なんとか倒れずにこらえ、鎧竜のまわしを摑んだ。これでまた四つになった。両力士は全力を尽くして激しく投げを打ち合い、押し合い、突っ張り合ったが、ついに勝負のつくときが来た。
「ええやあっ!」
 鎧竜が首投げを打ったが、それがすっぽ抜けたのだ。鎧竜の背後に回った小文吾は投げを打ち、鎧竜はうっちゃろうとしたがかなわず、とうとう鎧竜は土俵を割った。
「鮫ケ海ーっ!」
 行司は軍配を東方に上げた。観客が承知しない。
「どういうこっちゃ!」
「わては認めへんで」
「鮫ケ海の手が先についてたんとちゃうか」
 しかし、物言いもつかない。鎧竜は何度もうなずき、淡々と土俵を下りていった。賭け札が桜吹雪のように宙に撒き散らされ、客たちの囂々(ごうごう)という喚(わめ)き声が場内を満たした。中山出雲守は立ち上がり、
「やったわい! 鮫ケ海が勝ったわい! ふはははは……これで金はわしがものだ!」
 卯左衛門も、
「あっはっはっはっ……勝った勝った。終わりよければすべてよし、や!」
 そのときである。
「待てえいっ!」
 大音声が轟(とどろ)き渡った。皆が一斉にその声の主を見た。
「わしは、大坂西町奉行所与力(よりき)、滝沢鬼右衛門である! 一同、その場を動くな。動いたものは召し捕るからそう思え!」
 場内は静まり返った。鬼右衛門は十手を抜いて、
「この相撲興行を催したものはだれだ」
 縄田屋の主がおずおずと進み出て、
「縄田屋重兵衛(じゅうべえ)でおます。一応、私ということになっておるようですが……」
「一応とはどういうことだ」

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

Back number