よみもの・連載

元禄八犬伝 さもしい浪人が行く

第七話「空から落ちてきた相撲取り」5

田中啓文Hirofumi Tanaka

 途端、護摩壇の炎がぱたりと消えた。
「おおっ……」
 隆光は驚いたように護摩壇を見つめ、しばらく身じろぎもしなかったが、やがて、はう……と大きな息を吐いた。丶大法師がおそるおそる、
「大僧正、伏姫さまの居場所、いずこに……?」
「それが……」
 隆光は丶大法師を振り返ると困惑したような顔つきで言った。
「どうやら伏姫さまは大坂にはおられぬようだ」
 一同は愕然(がくぜん)とするしかなかった。

(後記)
 実乃は、船虫の口利きで、文亀堂に奉公することが決まった。万書堂卯左衛門は大坂町奉行所に版木を没収され、店は闕所(けっしょ)になり、卯左衛門は遠島になった。しかし、江戸にいたことになっている中山出雲守は事件との関わりを否定し、かまいなし、とされた。その後、相撲興行で得た金を老中をはじめとする閣僚にばら撒いたのが功を奏して、翌年の十一月には勘定奉行に抜擢(ばってき)された。それを機に、大坂町奉行は二名体制に戻った。中山は勘定奉行を十二年間務めたあと(在任中に富士山の宝永(ほうえい)大噴火があり、中山は責任者として現地に赴いたが、すべてを失った住民たちへの対応はかなり冷酷なものだったという)、江戸北町奉行を拝命した(相役の南町奉行は大岡越前守〈おおおかえちぜんのかみ〉)。だが、出世もそこまでで、九年後には町奉行職を辞することになり、老中となって世直しをする野望も夢と消えた。

(著者追記)
 実在の中山出雲守時春(ときはる)がどのような人物だったかはわからないが、「新宿と伝説」(新宿区教育委員会)に収録されている「町奉行のひつぎに落ちた雷」という文章によると、北町奉行であった中山出雲守時春の葬儀の際、行列が屋敷から寺に向かう途上、突然豪雨と雷が起こった。雷は棺(ひつぎ)に落ちて、棺は壊れてしまったというが、その原因は中山の町奉行時代の裁きがあまりにむごかったため、罰せられたものたちの怨霊が祟(たた)ったからではないか、とひとびとは噂(うわさ)したという。その後も墓参のたびに雷が鳴るので、地元のものたちは「そら、中山だ」と言うようになった……そうである。

プロフィール

田中啓文(たなか・ひろふみ) 1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の剣士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『笑酔亭梅寿謎解噺』シリーズ、『鍋奉行犯科帳』シリーズ等、著書多数。

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