よみもの・連載

お料理レシピで謎解きを

第一話 膨らまないパンを焼く

友井 羊Hitsuji Tomoi

 黒板の下にある小さなチョーク入れが空だったので、教室前方にある戸棚を開けた。貝殻マークがついた箱からチョークを紅白それぞれ数本取り出して補充する。面倒な日直の仕事もこれで終わりだ。日本の学校から黒板が消えていくとニュースでやっていたけれど、うちの高校では現役だった。
 四月後半の陽射しは暖かく、私は大きなあくびをした。男子の日直は先に帰ってしまい、騒がしい教室で私は一人きりだ。でも完全に自業自得だから気にしていないし、むしろ気楽なくらいに思っている。
 原因は明白で、始業式後に絡んできた男子への対応が失敗だった。体育科の特待生なのに部活を辞めた上で普通科に転科した私は注目の的だった。茶化すような態度で話しかけてきたのは、今思えばクラスに馴染ませる配慮だったのかもしれない。だけどそいつのニヤニヤ顔に腹が立って、ちょっと強めの口調で対応してしまったのだ。
 その結果、私はクラスで孤立した。率先してのイジメみたいな子供じみた真似はしてこないけれど、腫(は)れ物扱いが続いている。スタートで失敗すると取り戻すのが難しいのは、辞めた陸上競技によく似ていた。
 雲が太陽を隠し、窓ガラスに私の姿が映る。少年のように短い髪は部活のときと同じだ。せっかく伸ばそうと考えていたのに、以前と同じに注文してしまったせいだ。カバンを手にして廊下に向かう。その途中、机に座る女子に声をかけた。
「落合(おちあい)も早く部活に行こうよ」
「えっ、荏田(えだ)さん。うん、そ、そうだね」
 クラスメイトの落合結(ゆい)が目を逸(そ)らしながら頷(うなず)いた。だけどカバンや机を漁(あせ)っていて、立ち上がろうとしない。どうせ一緒に歩いても会話はないのだ。先に行くことにして、私は教室の出入口をくぐった。

 陸上部を辞めた途端に暇になり、放課後を持て余した私は新しい部活を始めることにした。だけど運動部はまっぴらだ。そこで文化部を数箇所巡った末に調理部を選んだ。
 昔から料理に興味があった。食べる物は肉体を作り、パフォーマンスにも直結するからだ。
 調理部は週に数回、家庭科室で活動している。私は今日で三回目で、家庭科室には部員たちが勢揃いしていて、全員エプロンと三角巾をつけている。内訳は三年生が二人、新一年生が五人だ。そして二年生は去年から在籍する二人に加え、今年から参加する生徒が私を含めて二名で計四名になる。総勢十一人は、文化部としてはそれなりの人数だろう。
 三年生で部長の井川鈴(いがわすず)が手を叩くと、全員の注目が集まった。
「では昼休みの続きを進めましょう」
 配布されたプリントにはパンのレシピが記されてあった。シンプルな丸パンで、大きく『誰でも簡単』と銘打ってある。発酵に時間が必要なため、昼休みにも一旦集まって作業を進めていた。さらに最初は上級生が懇切丁寧に教えてくれていたが、今回から新入部員も自力で進めることになっている。部長の号令に合わせ、私はパートナーに近づいた。

プロフィール

友井 羊(ともい・ひつじ) 1981年群馬県生まれ。2011年『僕はお父さんを訴えます』で「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し、12年に小説家としてデビュー。他の著書に『スイーツレシピで謎解きを 推理が言えない少女と保健室の眠り姫』『無実の君が裁かれる理由』「スープ屋しずくの謎解き朝ごはん」シリーズなどがある。

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