よみもの・連載

お料理レシピで謎解きを

第五話 落ちない炭酸飲料を照らす

友井 羊Hitsuji Tomoi

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 無造作に足を組み替えると、柑橘系(かんきつけい)の匂いが鼻先に漂った。大量にこぼした炭酸飲料がスカートにまで染み込んでいたらしい。
 私は結(ゆい)の隣の席を占領し、ノートを書き写しつつ教科書に線を引いた。十色のカラーペンは最初こそ色別に意味をもたせていたけれど、今は適当に使っている。結は自分の席で私の作業を見守っていた。
 私には連想癖があった。道を歩いていても目に入った物が記憶を刺激し、別の何かに考えが飛ぶのだ。そのせいで頼まれた買い物を忘れることなど日常茶飯事だった。
 その癖は授業でも顕著だ。教師の話を聞いていたはずなのに、いつの間にか別のことを考えはじめている。今日の一限目の古文の授業でも、いつもの連想が発動した。『寄りて見るに、筒の中光りたり』という一文から、洗面所の蛍光灯が切れかかっていることを思い出した。替えを買おうと考えて、市内の家電量販店に寄らなきゃと思考が飛ぶ。
 さらに前から欲しかったスピーカーのことを連想した時点で、もう教師の話は一切耳に入らない。気がついたら授業は終わっていて、机の上にあるノートは真っ白だ。日直も手早く黒板を消してしまう。
 そのため直後の休み時間、私は慌てて結のノートを写させてもらうことになった。不真面目な私の頼みを結は嫌な顔ひとつ見せずに聞いてくれた。本当にいいやつだ。世話になりっぱなしなので、いつか借りを返さなくてはと思っている。
 次の授業開始まで五分を切っている。必死に腕を動かしていると、誰かから肩を叩(たた)かれた。結かと思って目を向けると別の顔があった。
「どうして、常磐(ときわ)がここに」
 声をかけてきたのは陸上部に所属する同級生の常磐千香(ちか)だった。クラスは別で、私が部活を辞めて以来一度も喋(しゃべ)っていない。結は見知らぬ闖入者(ちんにゅうしゃ)を前に、身を小さくして気配を消そうとしている。
「今日何時頃登校したのかと、登校前に何をしていたか教えて」
 常磐は細く鋭い眉毛ときつい目つきのせいか、黙っていても怒っていると勘違いされる。私も警戒心を顕(あら)わにしているが、常磐の態度にも明らかに険があった。
「どうしてそんなことを聞くんだ」
「いいから答えなさい」
 常磐が私をにらみつけ、結が困惑の表情で私たちを見比べる。結は両手を宙に浮かせ、止めるべきか迷っている様子だ。私はシャープペンシルを机に置いた。
「遅刻しそうだったから全力で走って、始業のチャイムと同時に教室に飛び込んだ」
 結が目を丸くしている。私が素直に答えたのが意外だったようだ。

プロフィール

友井 羊(ともい・ひつじ) 1981年群馬県生まれ。2011年『僕はお父さんを訴えます』で「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し、12年に小説家としてデビュー。他の著書に『スイーツレシピで謎解きを 推理が言えない少女と保健室の眠り姫』『無実の君が裁かれる理由』「スープ屋しずくの謎解き朝ごはん」シリーズなどがある。

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