よみもの・連載

お料理レシピで謎解きを

第六話 食べられないアップルパイを訪ねる

友井 羊Hitsuji Tomoi

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 調理台に蛾(が)がとまった瞬間、隣にいた夏希(なつき)ちゃんが悲鳴を上げた。換気のため開けられた窓の隙間から入り込んだのだろう。夏希ちゃんがものすごい速度で家庭科室の端に逃げ出した。
 私はティッシュを一枚取り出し、動かない蛾を優しく包む。潰さないよう注意して、窓から校舎外に解き放った。蛾は羽ばたき、視界から消えた。
 ティッシュをくずかごに捨て、シンクで手を洗っていると夏希ちゃんが戻ってきた。
「ああ、びっくりした」
「虫が苦手なんだね」
 夏希ちゃんが拗(す)ねるように口を尖(とが)らせる。
「子どもの頃に嫌な目に遭ってな。結(ゆい)はよく捕まえられたな」
「家の裏手が林だから慣れているんだ」
 夏に蛾やカナブンが網戸に張りつくのは日常茶飯事で、物心ついたときから素手で捕まえるのに抵抗がないのだ。生地をこねていた一年生の杉野(すぎの)くんが愉快そうに笑った。
「夏希先輩ってあんなに可愛い声が出せるんですね!」
「蹴り倒すぞ」
 夏希ちゃんににらまれ、杉野くんが首を縮めて作業に戻る。私も内心では、普段の夏希ちゃんからは考えられない甲高い声に驚いていた。だけど触れるのはやめておく。夏希ちゃんは耳を赤く染めながら林檎(りんご)の皮剥(かわむ)きを再開させた。等々力(とどろき)さんが二人のやり取りを見て笑いをこらえている。
 元々は大好きだった先輩たちが卒業した後に、居場所を求めて選んだ部活だった。現三年生にも仲の良い人がいるけれど、受験のため勉強漬けでなかなか会えないでいる。
 だけど最近、食べ物に関する様々な謎に遭遇してきた。大変ではあったけど、明かされた真相は料理の面白さにも通じていた。その結果、私はあらためて料理を勉強したいと思うようになった。
 夏希ちゃんも陸上部を辞めてから、暇を潰すために調理部を選んだと話していた。母親の家事を手伝うためという目的もあったらしい。そして私と同じように、様々な事件を通じて料理に興味を持つようになったという。杉野くんや等々力さんなどの知り合いもできた。相談した結果私たちの意見は合致し、調理部への復帰を決めたのだった。
 パン騒動の影響もあって、最初は部員との距離を感じた。だけど杉野くんや等々力さん、それに部長が親しく接してくれるおかげで、緩やかだけど馴染(なじ)めている気がする。
 本日は調理部でアップルパイを作っている。私たちの班は夏希ちゃんと杉野くん、等々力さんの四人だ。私たちの二学年上に洋菓子作りが得意な男子がいた。人望が厚く交渉も上手(うま)いその人物が学校側に働きかけ、調理部に高性能のオーブンを導入させたのだ。

プロフィール

友井 羊(ともい・ひつじ) 1981年群馬県生まれ。2011年『僕はお父さんを訴えます』で「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し、12年に小説家としてデビュー。他の著書に『スイーツレシピで謎解きを 推理が言えない少女と保健室の眠り姫』『無実の君が裁かれる理由』「スープ屋しずくの謎解き朝ごはん」シリーズなどがある。

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