よみもの・連載

お料理レシピで謎解きを

第七回 熟していないジャムを煮る

友井 羊Hitsuji Tomoi

 鍋をかき混ぜる千秋を背後から見守っていると、すぐに足踏みをはじめた。同じ場所に長く居続けることが苦手なのだ。だけど頼まれた仕事をやり遂げるため、千秋は何とかその場に留(とど)まっていた。
 ほんの少し前なら我慢が利かず、すぐに放り出していたはずだ。だけど母さんが繰り返し言い聞かせたおかげで、最近は耐えられる時間が長くなった。
「こんなもんかな」
 鍋を覗(のぞ)き込むと、崩れたブルーベリーから水分が出ていた。グラニュー糖を追加し、レモン汁を注ぎ入れる。かき混ぜてから再び千秋に鍋の番を任せる。しばらく煮込んでブルーベリーにとろみがつくと、結がレシピを覗き込んだ。
「火を止めてもいいみたい。冷えると固まるから、煮詰めすぎないほうがいいんだって」
「オッケー」
 鍋の中身はふつふつと泡を立てていた。火を消してから煮沸消毒済みのガラス瓶を並べ、スプーンを使って熱々のうちに詰める。瓶の蓋(ふた)をしっかり閉め、空気が入らないよう逆さまに置く。
「これで冷えれば完成だ」
「やったあ!」
 千秋が飛び跳ねる。時刻は午前十一時で、今日は作りたてのジャムでランチの予定だった。一時間も放置すれば充分冷めるだろう。
 結がシンクで洗い物をはじめたので、私は隣で皿を拭くことにする。千秋は皿を棚に収める係だ。千秋に皿を渡すと、すぐにかしゃんと陶器を重ねる音が聞こえた。
 私は結からすすぎ終えたボウルを受け取る。
「今日は家族でよく食べるパンを買ってきたぞ。本当は前みたいにパンも焼きたかったけど、うちの設備じゃ無理だからな」
 出会って間もない頃に、結の自宅でパンを焼いた。あれから数ヶ月で、結とここまで仲良くなるとは思わなかった。結が懐かしそうに目を細める。
「また一緒に作りたいね。でもオススメのパンも楽しみだな。さっき千秋ちゃんから大好きだって――」
「まるおかのパンは世界一だよ!」
 結の言葉を千秋が遮る。千秋が会話に割り込むのはいつもの癖だ。
 まるおかベーカリーは、我が家から徒歩十五分の場所で営業しているパン屋だ。
 おんぼろビルの一階にあって、周りは住宅や田畑ばかりだ。隣にあった鰻(うなぎ)屋も三年前に店を閉め、二階より上にある事務所もほぼ全て撤退している。近いうちにビルごと全部取り壊されると噂(うわさ)されていた。
「少し前までは一日に何度もパンを焼いて、お客さんもいっぱいだったの。だけど最近は休みが多くて、行っても買えないときがあるんだ」
 千秋が寂しそうに肩を落とす。ビルと同じくらい、まるおかベーカリーの老朽化も深刻なようだ。開店は四十年以上前で、店内は清潔だが古びている。厨房(ちゅうぼう)機器はオープン当時と同じらしく最近は故障続きだという。店主が高齢のせいもあるのか、ここ半年ほどは急な臨時休業が多かった。

プロフィール

友井 羊(ともい・ひつじ) 1981年群馬県生まれ。2011年『僕はお父さんを訴えます』で「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し、12年に小説家としてデビュー。他の著書に『スイーツレシピで謎解きを 推理が言えない少女と保健室の眠り姫』『無実の君が裁かれる理由』「スープ屋しずくの謎解き朝ごはん」シリーズなどがある。

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