よみもの・連載

お料理レシピで謎解きを

第七回 熟していないジャムを煮る

友井 羊Hitsuji Tomoi

 千秋は藍色のバッグを手に戻ってくる。英会話塾で必要な道具を一式詰めてあった。
 中身を入れ替えると、その度に忘れ物の可能性が高まる。そのため英会話塾専用のバッグを準備しているのだ。千秋が肩に掛けたバッグを結に掲げた。
「結ちゃん、このバッグ可愛いでしょ。新しく買ってもらったんだ」
「本当だ。綺麗な色だね」
 結が褒(ほ)めると、千秋が頬を緩ませながらその場で一回転した。バッグを振り回す千秋の頭を私はぐりぐりと撫(な)でた。
「あんまり乱暴に扱うな。前の真っ赤なバッグは豪快に汚したから、新しいのを買うことになったんだろ」
「わざとじゃないもん」
 千秋が頬を膨らませる。先々週まで英会話の教材を派手な赤いバッグに詰めていた。だけど千秋が、別の習い事で使う書道用の墨汁をこぼしてしまったのだ。染みは全く落ちなくて、結局新しいバッグに買い換えることになった。
 そのとき家の外から自動車のエンジン音が聞こえた。やがて玄関の扉を開く音が続き、「ただいま」という母さんの声がする。
 私と千秋が「おかえり」と返すと、母さんがキッチンを覗き込んできた。そして結に気づかい目を丸くした。
「この前、スーパーでお会いしたわね。結ちゃんだったかしら。ようこそいらっしゃいました。用事があったせいで、何もお構いできず申し訳ないわ」
 母さんが頭を下げる。小学校の保護者の集まりで朝から家を空けていたのだ。
「い、いえ。こちらこそお邪魔しています」
 結がしどろもどろになりながら立ち上がる。お辞儀をした結に母さんが微笑んだ。
「ゆっくりしていってね。そうだ、千秋。夕方、一緒に買い物に行く?」
「うん、行きたい」
「今日も塾が終わったら絢(あや)ちゃんたちと遊ぶわよね。それなら四時前に戻っておいで」
「わかった。そうするね」
 千秋が頷いた後、私は母さんと一瞬目が合った。母さんはすぐに顔を逸らし、廊下の奥へ姿を消した。千秋がキッチンを出て行く。
「それじゃ行ってくるね」
「おう、気をつけろよ」
 キッチンは私と結の二人きりになる。パンの紙袋を丸めた私はふいに思い出した。
「この前借りたSFの本、読み終えたから返すよ。部屋まで行こうか」
 危うく忘れるところだった。午前中は覚えていたのに、ジャム作りが楽しみだったせいで頭から消え去っていた。
「うん、わかった」
 私がキッチンを出ると結がついてきた。普段は気にならない廊下の隅の埃(ほこり)がなぜか目についた。階段に足を載せると、踏み板が軋(きし)む音を立てた。

プロフィール

友井 羊(ともい・ひつじ) 1981年群馬県生まれ。2011年『僕はお父さんを訴えます』で「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し、12年に小説家としてデビュー。他の著書に『スイーツレシピで謎解きを 推理が言えない少女と保健室の眠り姫』『無実の君が裁かれる理由』「スープ屋しずくの謎解き朝ごはん」シリーズなどがある。

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