よみもの・連載

お料理レシピで謎解きを

第七回 熟していないジャムを煮る

友井 羊Hitsuji Tomoi

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 私の部屋は涼しかった。片付けの最中に結が予定時刻より早めに来たため、冷房のスイッチを切るのを忘れていたのだ。文庫本は勉強机に置いたままだ。リビングに持っていこうと考えた覚えはあるが、部屋を出るときには頭から抜け落ちていた。
 文庫本を手に取って渡そうとすると、結は入り口付近で立ち尽くしていた。
「びっくりしたか」
「えっと、そんなことはないよ」
 結は首を横に振るが、視線は部屋のあちこちをさまよっている。ふとんやカーテン、カーペットは無地で、箪笥(たんす)やメタルラックは使い勝手重視の量産品だ。
 何の面白みもない部屋だけど、壁や家具にたくさん貼られたコピー用紙や付箋(ふせん)を初めて見たら、誰でもきっと戸惑うだろう。
 勉強机に貼った『SF返す』と書かれた付箋を剥がし、ゴミ箱に落とす。
「小学生の頃から忘れ物ばかりで、母さんに叱(しか)られ続けてきた。あまりに直らないから母さんと一緒に試行錯誤を繰り返して、結局この形に落ち着いたんだ」
 コピー用紙には忘れがちな物が大きく書かれ、付箋には細々とした注意事項がメモしてある。結が躊躇(ためら)いがちに部屋に入り、ドアを閉めた。
 ドアには『忘れ物チェック』と書いた紙を貼ってある。部屋を出るときは深呼吸をして、忘れ物がないか確認する習慣をつけていた。それでも今回の文庫本のように、忘れ物を避けられないでいる。
「母さんには苦労をかけたけど、一緒に対策を考えてくれたおかげで何とかなっている。今では母さんから、しっかり者と思われるくらいだ」
 ただ、自宅で気を張る分、学校では肩の力を抜いている。そのため失敗続きで、教師からの印象は最悪だった。
 それでも個人的にはテストの点数で帳尻を合わせるようにしている。成績のことを誰かに話すと意外に思われるのだが、中間や期末テストの点数は毎回、上位三十パーセント内に入っている。
 勉強方法は直前に一気に記憶する短期集中型だ。追い詰められたときに集中力を発揮するのが昔から得意なのだ。ただし試験後は反動で全てが億劫(おっくう)になる。
 ADHD(注意欠陥多動性障害)について調べるなかで、過集中について知った。深い集中力を発揮する代わりに、他のことが疎(おろそ)かになる状態らしい。集中し過ぎるあまり寝食を忘れ、生活に支障をきたすケースもあるという。
 私にも心当たりがたくさんあった。ADHDの当事者が語る悩みは、私が感じてきた生きにくさと驚くほど合致している。
 母さんが考えてくれた生活における対処法は、ADHDの人に対する指導と似通っている。母さんは試行錯誤の末に私に適した方法にたどり着いたのだ。
 母さんは私を教えた経験を基に、千秋と接している。だけどまだ幼いという理由もあるのか、千秋は私以上に失敗が目立っていた。

プロフィール

友井 羊(ともい・ひつじ) 1981年群馬県生まれ。2011年『僕はお父さんを訴えます』で「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し、12年に小説家としてデビュー。他の著書に『スイーツレシピで謎解きを 推理が言えない少女と保健室の眠り姫』『無実の君が裁かれる理由』「スープ屋しずくの謎解き朝ごはん」シリーズなどがある。

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