よみもの・連載

お料理レシピで謎解きを

第七回 熟していないジャムを煮る

友井 羊Hitsuji Tomoi

「今日は千秋の相手をありがとう。あいつも結に懐(なつ)いているみたいだ」
 私はベッドに腰を下ろした。椅子を使うよう促すと、結は遠慮がちに座った。
「千秋ちゃん、すごく元気だね」
「あいつの取り柄だからな」
 千秋は行動力があって、好きという感情に正直だ。色んなことに興味を抱き、自分の意見を真っ直(す)ぐ主張する。
 そんな前向きさが私は大好きだ。だけど同時に危うさも感じていた。一旦突き進むと、周囲が見えなくなることがあるのだ。
 この前も千秋は大きな忘れ物をした。友達と遊ぶため家を出ようとする千秋に、母さんが買い物を頼んだ。千秋はエコバッグとお金を受け取って外出した。
 だけど夕方に帰宅した千秋はエコバッグを持っていなかった。驚く母さんに、千秋は買い物はしたと主張した。だけど商品を入れたエコバッグを忘れたというのだ。
 千秋は「取ってくる!」と言い、家を飛び出した。二十分後、千秋は無事に商品の入ったエコバッグを持って戻ってきた。
 このエピソードだけなら、そそっかしいだけの子供かもしれない。だけど千秋は似たような失敗を日常的に繰り返している。私も似たような忘れ物は多いが、千秋のほうが明らかに頻度は上だった。
 ADHDの多動は落ち着きがなく、突発的な行動が継続する。かつては男子に多いとされてきた。暴力行為として表に出やすいため、診断が下りやすかったのだ。
 だけど最近は、女子の割合も少なくないことが判明しているという。女子の場合、過剰なお喋りや失言として発現しやすいらしい。
「発達障害について母さんに相談した。だけど聞く耳さえ持ってくれなかったよ」
 私は枕元に置いてあったクッションを抱きしめた。
「……そうだったんだ」
 結が目を伏せて答える。アップルパイの一件の後、私は親と話し合う決意を固めた。父さんは長期の出張中なので、最初は母さんに打ち明けることにした。
 千秋と私が抱える問題の数々は、発達障害だと考えると説明がつく。そう伝えたけれど、母さんは全く相手にしてくれなかった。「何を馬鹿なことを」とあしらわれ、私は資料で調べた理由を並べた。すると母さんは徐々に険しい顔になっていった。
「検査をしたいと言ったら、母さんに『あなたたちに障害があるなんてありえない』と怒鳴られた。それで私もついぶち切れて、言い合いになっちゃったんだ」
 母さんは「あなたたちの失敗なんて誰にでもあることだ」と譲らなかった。それ以来、母さんとは気まずい日々が続いている。
 確かに失敗そのものは珍しくないかもしれない。だけどそれが続いていることが問題なのだ。発達障害の本に付箋を貼り、親の寝室に置いたりもした。だけど多分読んでさえいないだろう。
「私は発達障害だと断言したわけじゃない。疑いがあるから確かめたいと頼んだだけだ。それなのに母さんはなぜか、その可能性さえ認めたくないみたいだった。ここまで完全に拒否されるなんて想定外だよ」
 結は沈んだ表情のままだ。この話題になると結は普段以上に言葉少なになる。

プロフィール

友井 羊(ともい・ひつじ) 1981年群馬県生まれ。2011年『僕はお父さんを訴えます』で「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し、12年に小説家としてデビュー。他の著書に『スイーツレシピで謎解きを 推理が言えない少女と保健室の眠り姫』『無実の君が裁かれる理由』「スープ屋しずくの謎解き朝ごはん」シリーズなどがある。

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