よみもの・連載

お料理レシピで謎解きを

第七回 熟していないジャムを煮る

友井 羊Hitsuji Tomoi

 結は授業でエチレンガスについて学んだとき、気になって詳しく調べたことがあるらしい。その際に石油系燃料でも発生することを知った。今回はスマホであらためて検索し、エチレンガスの性質を確認し直していたのだ。
 結はまず牛肉の色から一酸化炭素が発生している可能性を考えた。そこでまるおかベーカリーが老朽化し、厨房設備が故障していた情報も加わった。そこに果実が熟したという情報とエチレンガスの関係性も後押しして、居場所の特定に繋(つな)げたのだ。
 ビルの所有者には母さんが謝罪に出向いたらしい。私が割ったガラスも母さんが弁償することになったようだ。通用口から入れたので、結果的にはガラスを割る必要はなかったけれど、緊急事態だったため私が怒られることはなかった。
 ただし所有者も、管理をないがしろにしていた責任を感じている様子だったと聞いている。ありがたいことに不法侵入や器物損壊の罪に問われることはないようだ。
 まるおかベーカリーの店主も事情を聞いて驚いていたらしい。勝手に侵入した千秋が全面的に悪いが、不完全燃焼を起こしたことを悔やんでいる様子だったようだ。
 フルーツの辻口の警備員さんにも報告すると、千秋の無事を喜んでくれた。
「居場所を見つけたのが結って教えたら、千秋はお礼を伝えたいと言っていたぞ」
「私もまた千秋ちゃんと会いたいから、近いうちに遊びに行くね」
 チャイムが鳴るまでもうすぐだ。生徒が続々と教室に入ってくる。席に戻るため踵(きびす)を返した結に私は声をかけた。
「報告があるんだ」
「なに?」
 足を止め、結が振り向いた。
「近いうちに私と千秋は検査を受けるよ。母さんも付き添うことになった」
 発達障害を取り扱う病院は調べてある。昨日は日曜で休診だったから、今日のうちに母さんが電話で予約することになっている。
 土曜の夜遅くのことだ。千秋と私と母さんは三人で病院から自宅に戻った。千秋がお風呂に入っている間に、母さんから検査を受けようと提案してきた。
 心変わりの理由を母さんに聞いたけど、気まずそうに小さく微笑んだだけだった。まだ自分のなかで充分消化し切れていないのかもしれない。
 千秋が命の危険に直面した遠因に、発達障害の特性が関わっていることも理由だろうか。だけど何よりも結の言葉が、母さんの心に影響を与えたような気がした。
「結果が出たら聞いてもらえるか」
「えっと、うん。私で良ければ」
 結は目を丸くしてから、力強く頷いた。始業のチャイムが鳴り響き、結が小走りで席に向かう。その背中を見ながら大きく伸びをする。普段は億劫に思える授業が、今日はなぜか少しだけ楽しみに感じられた。

(了)

プロフィール

友井 羊(ともい・ひつじ) 1981年群馬県生まれ。2011年『僕はお父さんを訴えます』で「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し、12年に小説家としてデビュー。他の著書に『スイーツレシピで謎解きを 推理が言えない少女と保健室の眠り姫』『無実の君が裁かれる理由』「スープ屋しずくの謎解き朝ごはん」シリーズなどがある。

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