連載
「まぼろしの維新」
第九章 出陣 津本 陽 Yo Tsumoto

「私学校党がうどさあを迎え大評定(ひょうじょう)をひらく前に、お前んさあのような高官がきて、鎮撫にあいつとめたならば、ききめがあったやも知れもはんが、もはや時を失してごわす」
 いまとなっては隆盛が東上を思いとどまるといっても、私学校党は政府の悪謀を潰滅させるための上京を、やめないというのである。大山県令は、自分が万余の壮士たちをひきとめようとしても、蚊が山を背負うようなものでまったく見込みがないといった。
 川村は自分の力では動きだした事態を押しとどめることはできないと知ったが、望みを捨てれば隆盛は破滅する。彼は大山に頼んだ。
「俺がうどさあに面謁(めんえつ)できりゃ、崩れてくる山を万が一にも支えらるっかも知れん。俺をうどさあに会わせてくれ」
 大山は答える。
「うどさあもお前んさあに会いたがっておらるっ。会う場所と時をきめもんそ」
「そいならすぐ下艦して伝えてくいやい。午後一時に椎原国幹(しいはらくにもと)の家でお目にかかりたかとなあ」
 大山と野村はただちに高雄丸を離れ、埠頭へむかった。
 小銃を手にした私学校生徒たちを乗せた数艘の小舟が、沖へ出ようとするのを、野村が呼びとめ、叱りつけた。
「汝(わい)どま、誰の指図で高雄丸へいくとか。舟を下りよ。下りぬ者は斬い棄つっ」
 生徒らは不満の表情を見せ、埠頭に下りた。椎原国幹は隆盛の叔父で川村の舅である。
 大山は私学校本校にいる隆盛に会い、川村の頼みを伝えた。隆盛はしばらく考えていたあと、大山に命じた。
「いま川村と会えば、一利なきこともなかじゃろ。俺(おい)はゆき、川村はくる。お前(は)んは中継ぎをせい」
 大山は高雄丸へふたたび出向き、隆盛の意向を伝えた。
 隆盛が佩刀(はいとう)を提げ、椎原邸へゆこうと立ちあがると、篠原国幹がとめた。
「万一のことがおこってはなりもはん」
 篠原は隆盛と椎原宅へは出向かせず、辺見十郎太、河野主一郎を呼ぶ。
「お前んらが川村に会い、これまでの顛末を述べ、先方の意中を聞け。川村のいうこつがお前んらの意に叶わんときは、お前んらあに処置を任す」
 辺見、河野らは篠原の意を察して、匕首(あいくち)を懐に入れ、椎原邸へ出向いてゆく。
 隆盛の末弟西郷小兵衛は、辺見、河野が川村に面会して双方の主張が違ったときは、川村は刺殺され、事態はたちまち悪化すると見て、隆盛と彼を取り巻く幹部らに説いた。
「川村どんは兄さあとしきりに会いたがっちょい申す。会って話しあわにゃならん、重大なわけがあるのでごあんそ。兄さあが川村どんに会えんなら、桐野、篠原ご両人を代理として会わせ、わけを問いただすべきでごあんそ」
 幹部らはたちまち同意した。
 過激な性格の辺見、河野を川村に面談させるのは、きわめて危険であることを知っていたためである。
 西郷小兵衛は疾走してあとを追い、辺見、河野に追いつき私学校へ連れ戻す。桐野、篠原は永山弥一郎、西郷小兵衛、辺見、河野ら十数人をともない、丸木舟三艘に乗って高雄丸の川村中将に会見しようとしたが、一艘が転覆し、篠原らが海に落ちた。



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〈プロフィール〉
津本 陽(つもと・よう)
1929年3月23日和歌山市生まれ。東北大学法学部卒業。78年『深重の海』で第79回直木賞を受賞。95年『夢のまた夢』で第29回吉川英治文学賞を受賞。97年紫綬褒章、2003年旭日小綬章を受章。05年菊池寛賞を受賞。主な著書に『明治撃剣会』『薩南示現流』『黄金の天馬』『宮本武蔵』『下天は夢か』など多数。
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第十七章 城山へ
第十六章 沈む陽(ひ)
第十五章 日向路の雨
第十四章 敗走
第十三章 手負い獅子
第十二章 田原坂
第十一章 露の命
第十章 血戦
第九章 出陣
第八章 雷雲迫る
第七章 炎の気配
第六章 士魂とは
第五章 隆盛辞職
第四章 風浪のとき
第三章 怨恨の道程
第二章 恩讐の道程
第一章 新政府