連載
「まぼろしの維新」
第十章 血戦 津本 陽 Yo Tsumoto

 第十四連隊長心得乃木希典(まれすけ)は二十二日午前六時、南関から高瀬へ南下しようとして、町並みをはずれるところで熊本実学党党首太田黒惟信に出会い、緊張せざるをえない情報を得た。
「熊本県士族は、実学党のほかはすべてが、西郷方につくでしょう」
 乃木の率いる部隊は、午前十一時頃に高瀬で昼食をとったが、町じゅうが荷物を担ぎ、大八車を曳いて走りまわり鶏犬の声も騒がしく、人々は山野に避難しようと狂奔していた。
 第十四連隊の将兵は小倉から急行軍を続けてきたので疲労しきっている。乃木連隊長は足痛で悩む兵の治療を軍医におこなわせ、疲れきった兵には酒を与え、数時間の仮眠をとらせたうえで本隊を追及させることにして、体力を失っていない兵六十数人を率い、酒を飲ませ軍歌を高唱させ木葉(このは)村に前進した。
 千人を超える将兵のうち、わずかな人数で進出してきたため、乃木連隊長は前途を警戒し、十数名の騎馬斥候を先行させ、周囲の気配を探りつつ南下してゆくと、官軍らしい部隊が西方から植木へむかってくる。
 双眼鏡でうかがうと味方の別動隊として山鹿(やまが)から植木へむかう、第十四連隊第四中隊であった。
 彼らは正午に山鹿を出て植木をめざし行軍したが、途中で薩軍が植木に進出しているとの情報を得て、間道伝いに田原(たばる)へ迂回してきたのである。
 第四中隊も落伍者多数で人員は定数に足りないが、携行する弾薬は豊富で士気はふるいたった。
 乃木連隊長は全隊を物音を忍ばせ植木に接近させ、町はずれの五、六町手前で停止し、斥候隊数十名を偵察に出す。彼らは戻ってきて報告した。
「町のなかには誰もおりまっせん。家に残っておった爺さんに聞けば、薩摩の兵隊らはもう大窪へ去(い)によったけん、誰もおらんといいよります」
 乃木は将校たちと意見を交したあと、植木の町の西端に散兵壕を設け、兵を展開させた。白梅が咲き誇っている村道が、午後六時頃に暗くなった。
 たまに犬の遠吠えが聞こえるだけで、あとは風がたまに低い唸りをたてるのみである。大きな月が頭上にあって、動くものがあればはっきりと見える。
 ちいさな物音がして、三人の百姓が荷車を曳き、南のほうへ去っていく。
「こりゃ、どけへいくか」
 兵士が着剣した小銃を突きだすと、百姓たちは地面に四つん這いになった。荷車にはつくったばかりの握り飯と味噌汁が乗せられていた。
「こいを薩摩の奴らに持っていくか。まあよか、こいは俺らあが食うてやる」
 二百個ほどの大きな握り飯を官兵たちが食い、腹ごしらえをした。
 乃木は偵察隊を出した。村はずれまでゆくと、林中から猛烈な射撃をうけた。偵察隊が駆け戻ってくると、乃木は全隊を壕内に隠れさせ射撃を禁じた。
 狙撃音によって味方の兵員数を察知される。斬りこみに長じている薩軍の白兵戦にひきずりこまれたときは、甚大な損害が生じるのである。
 およそ一時間の静寂のあと、午後七時過ぎに薩軍村田隊が喊声(かんせい)をあげ刀を右肩にかつぎ、本街道を突進してきた。
「撃て」
 号令の声があがり、官軍が後装銃を放ち、薩兵が地面に転がる。兵士が撃たれると将校がその銃をとって撃つ。



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〈プロフィール〉
津本 陽(つもと・よう)
1929年3月23日和歌山市生まれ。東北大学法学部卒業。78年『深重の海』で第79回直木賞を受賞。95年『夢のまた夢』で第29回吉川英治文学賞を受賞。97年紫綬褒章、2003年旭日小綬章を受章。05年菊池寛賞を受賞。主な著書に『明治撃剣会』『薩南示現流』『黄金の天馬』『宮本武蔵』『下天は夢か』など多数。
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第十七章 城山へ
第十六章 沈む陽(ひ)
第十五章 日向路の雨
第十四章 敗走
第十三章 手負い獅子
第十二章 田原坂
第十一章 露の命
第十章 血戦
第九章 出陣
第八章 雷雲迫る
第七章 炎の気配
第六章 士魂とは
第五章 隆盛辞職
第四章 風浪のとき
第三章 怨恨の道程
第二章 恩讐の道程
第一章 新政府