連載
「まぼろしの維新」
第十三章 手負い獅子 津本 陽 Yo Tsumoto

 西郷は政府の腐敗を一掃し、政治方針を変革したかったが、戦乱をひきおこすつもりはない。
 だがこのまま日時が推移すれば、私学校党の蜂起だけでは国軍の戦力に対抗できなくなると桐野、篠原ら私学校党幹部は見ていた。挙兵に反対する隆盛を、指導者として引き出し、全国の志士を動員する大規模な叛乱をおこそうと考えていたと、萩原氏は推測される。
 隆盛は自らの行動にきわめて慎重であった。彼の行動は政務から引退して久しい今も、全国士族に強烈な影響を及ぼす。それを彼自身が知りぬいていた。
 その隆盛が二月十一日、突然いいだした。
「ウィリスどんに対面にいきもそ」
 萩原氏は隆盛の行動の重要な理由につき、明確に指摘されている。西郷は薩軍本営旧厩跡(うまやあと)の私学校に入っていた。鋭敏な政治感覚をそなえる隆盛は、サトウが鹿児島にきてウィリス宅を訪れていると聞き、サトウがおそらくパークスの指示によりウィリスとともに自分に会いにくるだろうと推測した。
 サトウをまじえての会話では、かならず薩軍挙兵の理由に及ばないわけにはゆかないと隆盛は考えた。
 そうなっては隆盛が挙兵に賛成したくない本心を語らねばならなくなり、その事実を聞いたウィリスとサトウは命を失うかも知れない。
 その状況を避けるため自分から訪問したのではないかと、萩原氏の推理はきわめて明確である。
 萩原氏は隆盛来訪のときの様子を伝えるサトウの日記の記述に、するどい視線を走らせる。
「西郷には約二十名の護衛が付き添っていた。かれらは西郷の動きを注意ぶかく監視していた。そのうちの四、五名は、西郷が入るなと命じたにもかかわらず、西郷に付いて家の中へ入ると主張してゆずらず、さらに二階へ上がり、ウィリスの居間へ入るとまで言い張った。結局、一名が階段の下で腰をおろし、二名が階段の最初の踊り場をふさぎもう一名が二階のウィリスの居間の入り口の外で見張りにつくことで、収まりがついた」(萩原氏訳文の通り)
 萩原氏はここに記述される隆盛の姿は、虜囚(りょしゅう)のようだといわれ、同感である。
 警視少警部の自白による隆盛暗殺計画が発覚していたが、二十人の護衛の監視は暗殺者にむけられるものではなく、西郷の発言にむけられていたのではなかったかとの萩原氏の指摘は衆目の一致するところだろう。
 隆盛が来訪した際、隆盛からウィリスの邸内へ入るなといわれた護衛たちのうち五人がウィリスの居間の戸口まで入った異様な状況のもとでは、何事か語りたかった隆盛が口をとざし、挙兵の実状について聞きたかったサトウも、目的を達せなかったのかも知れないと萩原氏は想像しておられる。
 サトウも記述の末尾にしるしている。
「会話は取るに足らないものであった」



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〈プロフィール〉
津本 陽(つもと・よう)
1929年3月23日和歌山市生まれ。東北大学法学部卒業。78年『深重の海』で第79回直木賞を受賞。95年『夢のまた夢』で第29回吉川英治文学賞を受賞。97年紫綬褒章、2003年旭日小綬章を受章。05年菊池寛賞を受賞。主な著書に『明治撃剣会』『薩南示現流』『黄金の天馬』『宮本武蔵』『下天は夢か』など多数。
Back number
第十七章 城山へ
第十六章 沈む陽(ひ)
第十五章 日向路の雨
第十四章 敗走
第十三章 手負い獅子
第十二章 田原坂
第十一章 露の命
第十章 血戦
第九章 出陣
第八章 雷雲迫る
第七章 炎の気配
第六章 士魂とは
第五章 隆盛辞職
第四章 風浪のとき
第三章 怨恨の道程
第二章 恩讐の道程
第一章 新政府