連載
「まぼろしの維新」
第十五章 日向路の雨 津本 陽 Yo Tsumoto

 小高い丘で槍に旗をつけ嗄(しわが)れた喉をふりしぼり三番中隊を指揮していた佐々友房は官軍を数百メートル撃退したが、右腕と右腹を銃弾がかすめた。
 古閑監事が傷を見ていった。
「これは深か傷じゃ、早く病院へいけ」
 佐々は古閑に告げた。
「俺は昨日取られた高熊山を取り返すつもりじゃった。それができぬうちに弾丸を一発も持つ者がおらぬ。前へ進む者は死ぬだけたい。俺がここで怪我したのは天命たい。ここを墳墓の地として死ぬ。貴公は中隊を指揮してくれ」
「中隊は俺が連れて斬りこもうたい。貴公は大事な体じゃ。こんな所で死んでも益がなかろうばい。一勝一敗は兵家の常たい。すぐに病院へいけ」
 古閑は佐々を説得し、隊士をつけて病院へ送り届けさせた。
 佐々が去ったあとまもなく、熊本隊にむかい、激流のように官軍の大部隊が襲いかかってきた。
 大津波に低い土手が呑みこまれてゆくように、右側を支えようとすれば左側が決潰し、左側へ向き直れば右側が決潰する。味方は敵中でたがいの居場所さえ確認できなくなった。
 熊本隊古閑監事は、ここで最後の斬りこみをおこなって死ぬという池辺大隊長をいさめ、川内(せんだい)川へむかい全軍を後退させていこうと懸命に指揮をとった。
 熊本隊参謀友成正雄は両足を銃弾で貫通され、腹を切ろうとしたが、小隊長筑紫照門が彼を背負い退却する。
 官兵が追いついてきて、弾丸が身辺を絶え間なくかすめる。友成は「早う俺の首ば斬れ。頼むたい」
 筑紫は聞きいれず、兵たちに薙刀を振りまわさせ、友成を連れて退却していった。
 午後一時頃、熊本隊が大口から川内川の上流へむけ退却するうちに、薩軍雷撃隊隊長辺見十郎太が十四、五人の部下とともにうしろから追いついてきて、虎の吼えるような声で古閑監事に頼んだ。
「いま熊本の兵を引きあぐっなら、薩軍の弱兵どもはたちまち逃げ走り、足をとめる地がなか。お前(ま)んさあの方はどうかここで踏みこたえてくいやんせ」
 古閑はことわった。
「わが兵は弾薬一発も持たず、この辺りの地形は平地で合戦できるところじゃなかですたい」
 辺見は池辺大隊長にも現地に踏みとどまり戦闘を続けるよう懇願したが、池辺も応じなかった。
「こげな見通しのよか所で、鉄砲を撃ちかけられりゃ、刀も役に立たんばい。犬死にしとうはなかですたい」
 薩軍と熊本隊はついに大口を捨て、大口と菱刈(ひしかり)の郡境へ退却していった。
 辺見は哀願した。
「薩軍はすでに鹿児島私学校党の猛者たちの大半を四カ月間の悪戦苦闘のうちに消耗し、新兵ばかりが残っておっが、いまお前んらが引きあげりゃ、俺の兵もついて逃げ走り、消えうせるじゃろ。なんとしてもここに踏みとどまってくいやい」
 古閑は辺見の心中を察したが、協力をことわるしかなかった。



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〈プロフィール〉
津本 陽(つもと・よう)
1929年3月23日和歌山市生まれ。東北大学法学部卒業。78年『深重の海』で第79回直木賞を受賞。95年『夢のまた夢』で第29回吉川英治文学賞を受賞。97年紫綬褒章、2003年旭日小綬章を受章。05年菊池寛賞を受賞。主な著書に『明治撃剣会』『薩南示現流』『黄金の天馬』『宮本武蔵』『下天は夢か』など多数。
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第十七章 城山へ
第十六章 沈む陽(ひ)
第十五章 日向路の雨
第十四章 敗走
第十三章 手負い獅子
第十二章 田原坂
第十一章 露の命
第十章 血戦
第九章 出陣
第八章 雷雲迫る
第七章 炎の気配
第六章 士魂とは
第五章 隆盛辞職
第四章 風浪のとき
第三章 怨恨の道程
第二章 恩讐の道程
第一章 新政府