連載
「まぼろしの維新」
第十五章 日向路の雨 津本 陽 Yo Tsumoto

 辺見は市山川の畔まで退却して、雨中に火炎の黒煙をあげている大口の町を眺め、官軍に連敗する戦況に心をかきむしられ、酒瓢箪を道へ投げつけ、松並木の大木に抱きついて号泣した。
 薩軍と熊本隊は連日の豪雨で水が溢れている川内川沿いに堡塁をつらね、「長蛇の寨(さい)」と称した。
 六月二十二日の夜明けがた、官軍第三旅団が湯之尾本道の薩軍堡塁に、すさまじい砲撃をしむけてきた。湯之尾の町並は破裂弾をうけ燃えあがる。薩軍は消火にあたりつつ、陣地へ侵入してくる官兵を撃退掃蕩する。
 湯之尾の高所から川下を遠望すると川岸数里に堡塁と柵がつらなり、陣中には兵士が充満していた。
 両軍が幾度か戦闘をくりかえすうち、官軍が川内川を渡り薩軍、熊本隊の背後を急襲した。薩軍本営から幸田山まで退却の命令が出たので霧島山麓の幸田山へ退いた。
 兵站線が衰弱して士気が沈みこんだ薩軍、熊本隊は戦えば敗北するばかりで損害が増してゆく。
 幸田山陣営に着いた古閑監事は、その夜大阪、京都を過ぎて東京へ進軍している夢を見た。彼はめざめて深くおどろいた。
 古閑は明治九年に師の桜田惣四郎に誘われて上京し、その時はじめて接した見聞を『開化道中膝栗毛』という一冊にまとめていた。彼は雨が降ったりやんだりする陣営のなかで「陣中の作」と題した詩をのこした。

「一勝一敗 死生の中
 東走西馳 策きわまらず
 短笠愁(たんりゅううれ)いをそそぐ 熊水(ゆうすい)の雨
 戦袍恨(うらみ)を抱く 薩山の風
 頭(こうべ)をめぐらせば 帷幕(いばく)の皆壮士
 眦(まなじり)を決すれば陣門 誰か俊雄(しゅんゆう)ならん
 事業 元 辛酸を嘗(な)めて就(な)る
 破軍星下 侯公を夢む」

 七月一日早朝、まだ空が暗いうちに官軍第三旅団が総攻撃をしかけてきた。激しい銃砲撃で湯之尾本道の薩軍が堡塁を守れず幸田に退却した。
 本城、馬越(まごし)の陣地も破壊され、官軍は喊声をとどろかせ、四方の山腹から湧きだすように突撃してきた。
 薩軍雷撃隊隊長辺見十郎太は三尺余の野太刀をふりまわし、逃走する部下にみね打ちをくわせ、叱咤するので、敗軍の士卒も奮起して踏みとどまった。
 古閑監事が池辺大隊長にすすめた。
「ここで総倒れになるのは、どうにも芸のないことですたい。兵を本道に集めるのが精いっぱいで、両脇が空っぽなばってん、底のない袋に物を入れるのといっしょで、どうして防ぐことがでくっか。
 大隊長は先に退いて後図(こうと)をはかりなさい。俺は殿軍(しんがり)を承って、あとを追ってくる官軍どもの足留めをしてやるたい」
 壮年を過ぎた年頃の池辺は殿を古閑に頼み、宮崎へ退却していった。



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〈プロフィール〉
津本 陽(つもと・よう)
1929年3月23日和歌山市生まれ。東北大学法学部卒業。78年『深重の海』で第79回直木賞を受賞。95年『夢のまた夢』で第29回吉川英治文学賞を受賞。97年紫綬褒章、2003年旭日小綬章を受章。05年菊池寛賞を受賞。主な著書に『明治撃剣会』『薩南示現流』『黄金の天馬』『宮本武蔵』『下天は夢か』など多数。
Back number
第十七章 城山へ
第十六章 沈む陽(ひ)
第十五章 日向路の雨
第十四章 敗走
第十三章 手負い獅子
第十二章 田原坂
第十一章 露の命
第十章 血戦
第九章 出陣
第八章 雷雲迫る
第七章 炎の気配
第六章 士魂とは
第五章 隆盛辞職
第四章 風浪のとき
第三章 怨恨の道程
第二章 恩讐の道程
第一章 新政府