連載
「まぼろしの維新」
第十六章 沈む陽(ひ) 津本 陽 Yo Tsumoto

 梅雨が明け、箭(や)のように鋭い熱気が頭上から降る時候がめぐってくると、薩摩、宮崎、大隅一帯の戦線に布陣していた薩軍は戦意を失う者が多くなった。
 鹿児島県内では帰順者二千余人、都城(みやこのじょう)の戦線では投降者が雪崩のようにあらわれているという。
 官軍は七月十二日、別働第二旅団を猪口(いのくち)から米良(めら)へ進撃させ、一挙に占領させた。米良は人吉よりさらに高峻な要害の地で、日向(ひゅうが)の山嶽から東岸に流れこむ大小河川の源流は、ほとんど米良にあるといわれていた。
 薩軍は敵の接近を知ると、前線の堡塁を拠点にして応戦をはじめた。まだ夜は明けきっておらず霧が立ちこめていて、眼前の物の形も見分けられない状態であった。
 官軍は射撃をかわす間に多数の兵を敵塁の下まで這い寄らせると、山頂から進軍ラッパを一斉に吹き鳴らし、忍び寄っていた将兵が敵塁へなだれこむ。
 薩軍は驚いて応戦する気力も失い、先をあらそい塁中から飛び出し潰走した。
「この塁はなかなか官軍の手には負えんど。落ちるまでには、血の雨が降るち。斬り捨っち」
 などと大言を吐いて、焼酎など飲んでいた薩兵は官軍がなだれこんでくると、軒下につないでいた馬の綱を切って飛び乗れば、もう一人が駆け寄り、
「俺(おい)もご同馬願いもそ」
 とすばやく乗る。さらに一人が、
「俺もご同馬」
 と力まかせに飛び乗る。
 最初に乗った兵はうしろから押されて落ちそうになり、馬の平首(ひらくび)に必死でしがみつき、つぎの一人はその背中に抱きつく。
 最後の一人が必死に馬の尻を叩きつつ去っていった様子を村民から聞いた官兵たちは、腹をかかえて笑った。
 米良を占領した官軍は薩軍の兵站(へいたん)倉庫に米五十俵、銃弾五箱しかなかったので、薩軍の兵站補充が逼迫(ひっぱく)している実情を知った。
 同じ七月十二日の夜明けどき、正部(しょうぶ)村を守っていた熊本隊の堡塁に官軍第三旅団が襲いかかってきた。熊本隊は猛然と応戦し戦闘は膠着(こうちゃく)状態となり日没に至った。
 古閑(こが)俊雄熊本隊三番中隊監事は、正部村は左右に山が重なり、中央が山地から陥没した地形になっていて一面の原野であるのを見て、財部(たからべ)村の薩軍陣営の戦闘部隊に援軍を頼んだ。その結果、一時勝機をつかんだが、兵数、火力の差によって敵を退却させるには至らなかった。
 熊本隊三番中隊長佐々友房は負傷が癒えて熊本隊本営に戻り、正部谷守備の陣地にいたが、都城に近い財部の薩軍本営を訪ね、別府晋介、松岡岩次郎の二将に会い、協力を頼んだ。
「いま熊本隊は小兵力で正部谷を守備しているが、あそこは一帯が広い野原で、左右は堡塁を置くにも兵数が足らず、官軍は熊本隊を包囲して全滅させようと計っています。どうか貴隊の兵をご派遣ご助力願います」
 別府たちは佐々の頼みをうけいれた。



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〈プロフィール〉
津本 陽(つもと・よう)
1929年3月23日和歌山市生まれ。東北大学法学部卒業。78年『深重の海』で第79回直木賞を受賞。95年『夢のまた夢』で第29回吉川英治文学賞を受賞。97年紫綬褒章、2003年旭日小綬章を受章。05年菊池寛賞を受賞。主な著書に『明治撃剣会』『薩南示現流』『黄金の天馬』『宮本武蔵』『下天は夢か』など多数。
Back number
第十七章 城山へ
第十六章 沈む陽(ひ)
第十五章 日向路の雨
第十四章 敗走
第十三章 手負い獅子
第十二章 田原坂
第十一章 露の命
第十章 血戦
第九章 出陣
第八章 雷雲迫る
第七章 炎の気配
第六章 士魂とは
第五章 隆盛辞職
第四章 風浪のとき
第三章 怨恨の道程
第二章 恩讐の道程
第一章 新政府