連載
「まぼろしの維新」
第十六章 沈む陽(ひ) 津本 陽 Yo Tsumoto

 十文字原で決戦の支度をととのえていた熊本隊は、砲声が庄内を通過し背後から聞こえてくるので、斥候に情況をうかがわせると、薩軍が敗北し都城へ退却したのを知って、十文字原の陣地を捨て都城へ後を追い、退くこととした。
 官軍は騎兵を先頭に迅速な追撃をおこない、熊本隊は後方から彼らの猛烈な射撃をうけ、苦しみつつ都城の丘に登った。
 熊本三番中隊長佐々友房、二番中隊長太田保が追いすがってくる雲霞の如き敵に正面突撃を敢行して、一撃で突き崩そうとした。
 彼はしだいにふえてくる薩軍の敗兵を集め、協力を頼んだ。
「われら熊本隊が追いすがる敵に先鋒となって当り、勝敗を一挙に決するたい。諸君らは後詰めとして左右から突っこんでもらいたか」
 薩軍は承知した。
「後陣は引き受けもんそ。こんまま逃げておらるっか。敵と斬りあい、血の花咲かしもす」
 佐々はただちに戦闘準備をととのえる。
 輜重兵が西瓜を運んできて、出陣する将兵に食べさせようとした。
 佐々はその一個を地面に置き、短刀を抜いてそれを両断して部下に告げた。
「命令にそむき退却する者は、この西瓜の通りにするたい、覚悟せい」
 官軍は銃砲を乱射しつつ、姿の見える所まで接近してきた。熊本隊は各小隊長を先頭に白刃を抜きはらい、射撃にひるまず突撃して斬りこんだ。
 烈しい白兵戦に捲きこまれた官兵は、戦意を失い、背をむけ敗走した。
「いまじゃ、薩摩の連中はあとについてくるか」
「おらんたい。一人もおらん」
 熊本隊二個中隊は官軍が怒涛のようにふたたび攻めてくると支えきれず退却し、十文字本道に展開した。
 薩軍と熊本隊は左翼の財部口から中央の庄内本道、右翼の高城に至るまで堡塁をつらね、都城守備の要害にたてこもる。
 官軍は国分本営で都城攻撃の会議をおこない、進撃部署を配分した。まず第三旅団は辺見十郎太が指揮する庄内の薩軍を攻撃する。第四旅団は福山から通山へ、別働第一旅団は岩川、末吉へ進撃する。
 別働第三旅団は正部谷から財部へむかい、都城へ突入するのである。さらに第二旅団は霧島山に進出し、第三旅団左翼の援護をおこなう。
 薩軍、党薩諸隊の戦力は官軍とは比較にならない劣勢で、猛攻を受ければたちまち崩壊する危険な場所が、戦線の至るところにあった。
 七月二十四日の早暁、官軍第三旅団が庄内本道の薩軍に猛烈な砲撃を加え、薩軍の堡塁はあいついで陥落した。
 庄内の古城に拠(よ)る薩軍に熊本協同隊が協力し、官軍に猛射を浴びせ、攻撃をいったんくいとめるが、官軍は後ろにまわりこみ包囲してきたので、都城へ後退せざるを得なかった。



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〈プロフィール〉
津本 陽(つもと・よう)
1929年3月23日和歌山市生まれ。東北大学法学部卒業。78年『深重の海』で第79回直木賞を受賞。95年『夢のまた夢』で第29回吉川英治文学賞を受賞。97年紫綬褒章、2003年旭日小綬章を受章。05年菊池寛賞を受賞。主な著書に『明治撃剣会』『薩南示現流』『黄金の天馬』『宮本武蔵』『下天は夢か』など多数。
Back number
第十七章 城山へ
第十六章 沈む陽(ひ)
第十五章 日向路の雨
第十四章 敗走
第十三章 手負い獅子
第十二章 田原坂
第十一章 露の命
第十章 血戦
第九章 出陣
第八章 雷雲迫る
第七章 炎の気配
第六章 士魂とは
第五章 隆盛辞職
第四章 風浪のとき
第三章 怨恨の道程
第二章 恩讐の道程
第一章 新政府