連載
「まぼろしの維新」
第十六章 沈む陽(ひ) 津本 陽 Yo Tsumoto

 十文字戦線を守備していた熊本隊は庄内から砲声、突撃の喊声がしきりに聞こえてくるので、薩軍が敗れたかと斥候を出そうとしたが、前方の山腹に三百人ほどの官軍があらわれた。
 応戦するうち庄内の方角に砲煙がつづけさまにあがり、斥候が帰ってきて報告した。
「薩摩の堡塁はすべて破られ、都城へ退いておるたい。官軍はあとを追いかけておる有様です」
 十文字原に展開する熊本隊は、ただちに都城へ退却した。渓谷を伝い狙撃を避けつつ高所へ集結し、熊本協同隊、薩軍の士卒を集め、襲いかかってくる官軍に戦いを挑むことにした。
 都城には病院、輜重が多く、それらを移動させる時間がなければ、深刻な被害を免れない。薩軍、熊本隊は折れ曲がった山道に身を隠し、官軍が眼前に迫ると白刃を抜き連れ斬りこむ。
 損害をかえりみず、官軍の追撃をくいとめようとしたが、財部の薩軍を撃破した第三旅団が庄内から押し寄せてきたので、全滅する前に都城へ退いていった。
 官軍別働第三旅団は財部の薩軍を撃破し、午前十時に先頭部隊が都城に突入した。官軍四個旅団は午後二時までに全軍が都城へ入り、市中を占領した。
 市内の病院に収容されている傷病兵は万国公法によれば敵軍に保護されるが、戦場では虐殺される。多数の死傷者を出している官軍は薩軍の病院に収容されている敵兵の、息の根をとめることをためらわなかった。
 都城を退いた薩軍の雷撃、行進の二大隊は板谷越(いたやごえ)に布陣する。熊本隊は青井岳西麓山之口(やまのくち)の守備についた。
 翌二十五日には早朝から雨が激しく降りしきっていた。官軍斥候隊が山之口附近へ偵察にきたのを見た薩軍哨兵が、大部隊の襲撃と見て驚き、堡塁の守兵が全員逃走してしまったので、薩肥全軍が後退せざるを得なくなった。
 熊本隊佐々中隊長と薩軍岩切中隊長が守備態勢につき激論を交し、双方が抜刀して決闘する寸前に至ったが、多数の将兵が説得して和解に至った。戦力が疲弊して敗戦が続いているので、皆の気が短くなっていた。
 馬腹までぬかるみに浸るような悪天候のなか、熊本隊は青井岳を右手に見て坂を登り、追撃してくる官軍を迎撃しつつ、山之口から約十キロ離れた天神河原に着き、さらに四キロ余り進んで片井野に達した。
 雨があがったので、はるか東方の日向灘に落ちようとする夕陽が見えた。熊本隊本営は学貫に設け、板谷越、天神河原から襲来する敵に備えた。
 天神河原には薩軍の振武、行進二隊が貴島清(きじまきよし)の指揮のもとに布陣し、熊本隊と協力して守備にあたる。板谷越は辺見十郎太が飫肥(おび)、加知山の薩軍と連携して、雷撃、干城二隊を率い守備に就いた。



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〈プロフィール〉
津本 陽(つもと・よう)
1929年3月23日和歌山市生まれ。東北大学法学部卒業。78年『深重の海』で第79回直木賞を受賞。95年『夢のまた夢』で第29回吉川英治文学賞を受賞。97年紫綬褒章、2003年旭日小綬章を受章。05年菊池寛賞を受賞。主な著書に『明治撃剣会』『薩南示現流』『黄金の天馬』『宮本武蔵』『下天は夢か』など多数。
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第十七章 城山へ
第十六章 沈む陽(ひ)
第十五章 日向路の雨
第十四章 敗走
第十三章 手負い獅子
第十二章 田原坂
第十一章 露の命
第十章 血戦
第九章 出陣
第八章 雷雲迫る
第七章 炎の気配
第六章 士魂とは
第五章 隆盛辞職
第四章 風浪のとき
第三章 怨恨の道程
第二章 恩讐の道程
第一章 新政府