連載
「まぼろしの維新」
第十六章 沈む陽(ひ) 津本 陽 Yo Tsumoto

 池辺は斥候を川岸へむかわせ、急いで食事を終えると草鞋をはく。空腹では刀は振りまわせないと、佐々は汚れた手も構わず立ったまま飯をつかんで口に運んだ。
 斥候が息をきらせ戻ってきた。
「祗園の守備は突き抜かれたですたい。薩軍干城隊は蹴散らされ、逃げ走っちょります」
 まもなく本営の周囲は逃走してきた味方の兵で溢れた。池辺は高鍋へ押し寄せる敵を食いとめるため、本営の周囲に配置していた兵を、近傍の高所へ登らせ、自ら太田中隊を率い高鍋街道へ出撃した。
 官軍は大渦へ巻きこむように池辺の部隊の退路を断った。佐々は後退してきた三番中隊を本営裏手の丘陵に登らせ、突撃してくる官軍の攻撃を押し戻した。
 池辺たちが攻めかけた街道一帯で、銃砲声がさかんにおこったが、二時間ほどたつと静まった。まもなく池辺隊の伝令が駆け戻り、報告した。
「池辺隊は敵にやぶれ、逃げ散りもした」
 佐々は山峰参謀とともに池辺隊を救うため高鍋街道を北進しかけたが、官軍が前途を塞いでいる。
 茨の生い茂った間道を三百メートルほど進むと官軍があらわれ乱射を浴びせかけ、喊声をあげて押し寄せてきた。
 山道の曲り角から官兵が不意に攻めてきて沼田常雄小隊長は左腕から左横腹へ銃剣で刺されつつ、敵を斬る。佐々は短槍で茨を叩き伏せつつ走るうち、うしろから右肩を強打されたような衝撃をうけ、骨のきしむ音がした。
 肩の辺りをさぐると、肩胛骨に銃弾が命中して血が軍服を伝い激しく流れる。右手がおおかた動きをとめた。
 もうだめだと覚悟をきめたが、走れば足は動く。被弾したのは小さな散弾だと佐々は思った。部下の宮本富作が佐々の槍を持ち、左腕をつかんで必死に逃げたが、佐々の足にかずらがまといつき切り落そうとしても、うまく離れない。宮本はすすめる。
「この林に隠れてはいよ。わしが守るたい」
 佐々は喚いた。
「いけいけ。あやつらにこのまま殺されんぞ」
 小さな村落に駆けこんだ隊士らは、農家から畚(もっこ)を見つけてきて、佐々を乗せようとするうち、敵が追いかけてきて、やむなくまた走った。
 海岸をめざして走る途中、佐々は眼がくらみ幾度も倒れ、動けなくなったが、部下が探してきた竹畚に乗せてもらった。彼は沼田小隊長らとともに、官軍軍艦の落雷のような艦砲射撃のなか、小舟を操り海岸沿いに北上し、美々津から富高新町の薩軍本営に到着し、危うい命を拾った。
 本営の指揮は村田新八がとっていた。その南方の海にのぞむ笹野に布陣する。延岡からきた援軍奇兵隊は福瀬に、富高新町西方の山を背にする一隊は桐野利秋が率い、富高新町と美々津の中間の平岩に熊本隊が展開した。
 その夜十二時に桐野の伝令が熊本隊をおとずれ、平岩東方の日向灘(豊後水道)に面した細島港海岸の防備を依頼した。熊本隊は応じて移動し、午前四時に到着。
 前面の海上には鳳翔、日進、丁卯(ていほう)、清輝の官軍軍艦四隻がいて、沿岸の薩軍に艦砲射撃を加えていた。



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〈プロフィール〉
津本 陽(つもと・よう)
1929年3月23日和歌山市生まれ。東北大学法学部卒業。78年『深重の海』で第79回直木賞を受賞。95年『夢のまた夢』で第29回吉川英治文学賞を受賞。97年紫綬褒章、2003年旭日小綬章を受章。05年菊池寛賞を受賞。主な著書に『明治撃剣会』『薩南示現流』『黄金の天馬』『宮本武蔵』『下天は夢か』など多数。
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第十六章 沈む陽(ひ)
第十五章 日向路の雨
第十四章 敗走
第十三章 手負い獅子
第十二章 田原坂
第十一章 露の命
第十章 血戦
第九章 出陣
第八章 雷雲迫る
第七章 炎の気配
第六章 士魂とは
第五章 隆盛辞職
第四章 風浪のとき
第三章 怨恨の道程
第二章 恩讐の道程
第一章 新政府