連載
「まぼろしの維新」
第十六章 沈む陽(ひ) 津本 陽 Yo Tsumoto

 隆盛は二月以来、ともに血戦のなかを生き抜いてきた壮士たちを、ここに至って一人でも無駄に死なせたくなかったのである。
 告諭書にはつぎのように記されていた。
「我軍の窮迫、此(ここ)に至る。今日の策は、唯、一死を奮(ふるい)て決戦するあるのみ。此際、諸隊にして、降(くだ)らんと欲する者は降り、死せんと欲する者は死し、士の卒と為(な)り、卒の士と為る、唯欲するところに任せん」
 隆盛は身辺の書簡、陸軍大将の制服を集め庭先ですべて焼き捨てた。
 このとき、党薩諸隊のほとんどが降伏、解散し、踏みとどまっているのは熊本隊、熊本協同隊、竜口隊、中津隊、竹田報国隊などであった。
 熊本隊は幹部が集合し最後の合議をした。結果つぎの結論をまとめた。
「前途を打開すべき方策はきわまった。ほかに手段を発見できない。前途には死あるのみだ。死ぬには三つの道がある。
 一つは切腹、一つは戦死、一つは刑場で処刑をうけることである。切腹、戦死はいさぎよく見えるが、われらの挙兵は西郷のために身を捨てたように見えて、赤心報国の誠を天聴に達せられない。これこそ千載の遺憾ではないか。
 しばらく膝を法廷に屈し、勤皇の内心を申しのべて、そのあとで隊士数百人の命に代り刑典に従い処刑されよう。これこそ人の長としてはたらいてきた者の本分であろう」
 結局降伏して、戦争の責任を幹部が負うことになったのは、軍議が長びくうちに官軍が襲ってくれば、全員が皆殺しにされ、屍をさらすのみになるおそれが切迫してきたからであった。



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〈プロフィール〉
津本 陽(つもと・よう)
1929年3月23日和歌山市生まれ。東北大学法学部卒業。78年『深重の海』で第79回直木賞を受賞。95年『夢のまた夢』で第29回吉川英治文学賞を受賞。97年紫綬褒章、2003年旭日小綬章を受章。05年菊池寛賞を受賞。主な著書に『明治撃剣会』『薩南示現流』『黄金の天馬』『宮本武蔵』『下天は夢か』など多数。
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第十六章 沈む陽(ひ)
第十五章 日向路の雨
第十四章 敗走
第十三章 手負い獅子
第十二章 田原坂
第十一章 露の命
第十章 血戦
第九章 出陣
第八章 雷雲迫る
第七章 炎の気配
第六章 士魂とは
第五章 隆盛辞職
第四章 風浪のとき
第三章 怨恨の道程
第二章 恩讐の道程
第一章 新政府