よみもの・連載

軍都と色街

第一章 横須賀

八木澤高明Takaaki Yagisawa

変化するどぶ板通り


 米兵たちの歓楽街であるどぶ板通りであるが、少しずつ変化が起きている。土日ともなると、米兵に代わって日本人の観光客が押し寄せるのだ。
 ハンバーガー屋には行列ができ、米軍の放出品などを売る店やアメカジショップは人で溢れている。観光地として注目を集めはじめているようだ。
 日曜日に私もどぶ板通りを歩いたことがあったが、米兵の姿はほとんど見かけず、カメラをぶら下げた日本人のグループばかりが目についた。
 この現象が意味することは、ひと時のことかもしれないが、戦場が遠くなったということだ。
 日本の色街ではないが、ベトナム戦争時代に米兵向けの歓楽街として発展したバンコクのナナプラザ、さらにフィリピンのアンヘレスなどでは、客としての米兵の姿をほとんど見ることはない。歓楽街は今も残っているが、女を買いに来るのは、日本人や韓国人、さらにはアメリカ人やオーストラリア人などの観光客である。
 日本の場合、高度経済成長、プラザ合意によってドルに対して円の価値が三倍ほどになったこともあるが、米兵たちからしてみれば、明日をも知れぬ朝鮮戦争やベトナム戦争の時代から比べたら、血腥(ちなまぐさ)い戦場に送られることが少なくなり、宵越しの銭を持たないという金の使い方をしなくなったのだ。
 
 娼婦たちの姿はこの通りからは消えたが、一方で、未だに米兵たちによる女絡みの事件は絶えない。私がどぶ板通りに最初に足を運んだきっかけは、米兵が起こした事件だった。
 その事件とは二〇〇七年に十六歳の少女と二十六歳の女性が、横須賀港に停泊していたフリゲート艦乗組員で十九歳の水兵に刺された事件だった。
 事件の現場は京浜急行線馬堀海岸駅からほど近い住宅街で、黄色く塗られた壁がどこか日本離れしているアパートだった。
 横須賀に停泊している米艦船の乗組員たちは、艦内で寝泊まりする者と基地の外に部屋を借りて住む者との二つに分けられる。基地外に住む独身者は二千名になるという。事件が起きたのは、水兵が基地外に借りていた部屋においてだ。被害者の女性二人と水兵はどぶ板通りのバーで知り合い、その後水兵の部屋に向かったのだった。
 米兵は事件を起こした理由をこう供述していた。
「十六歳の少女に関係を求めたが断られ、女性にも騒がれたので刺した」
 私がアパートを訪ねた時、事件の舞台となった部屋には、おそらく彼らが飲んだのであろうボトルが大量に残されていた。水兵は、関係を持つことを断られた後、ナイフを持って暴れ出した。少女はナイフで刺され血まみれになりながら二階の部屋から飛び降り、アパート近くで作業をしていた現場作業員に助けを求め、致命傷を負わずに済んだ。
 二〇〇六年一月には、どぶ板通りで早朝出勤途中の日本人女性が、米兵に殴る蹴るの暴行を受けたうえに殺害され、現金を奪われるという事件も起きている。殺人事件だけでなく、酔っ払った米兵が民家に侵入する事件は毎年のように発生している。

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

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