よみもの・連載

軍都と色街

第三章 舞鶴

八木澤高明Takaaki Yagisawa

東舞鶴のいま


「最近はあんまり景気良くないですよ」
 私たちは、舞鶴に入った日の晩、東舞鶴の港からほど近い場所にあるスナックに足を運んでいた。店のホステスに客の入りについて尋ねてみると、そんな答えが返ってきた。ここ舞鶴ばかりではなく、日本の地方都市で、「景気はいいですよ」なんていう言葉が返ってくることなどほとんどないだろう。景気は悪いというのが、地方都市の枕詞(まくらことば)となっている。店に入る前にスナックが建ち並んでいる通りを歩いたが、人の姿を見かけなかった。
 飲屋街ばかりではなく、昼間時間ができたので、商店街を歩いてみたが、やはりシャッター通りとなっていて、アーケードの中は薄暗く巨大な暗渠(あんきょ)のようだった。
 目についたのは、日本人ではなく、東南アジアから来たと思しき若者ばかりだった。身なりから推察するに彼らは観光客には見えず、語学学校に通っている留学生のようだった。
 軍港として開かれた街だけに、自衛隊の若者たちが金を落としてくれなければ、地域の経済が浮揚することは難しいようにも思える。
 店内には、くの字形をしたカウンターと五つほどのテーブル席があったが、客はカウンターに座る常連客らしい男がひとりだけだった。その男の笑い声だけが広い空間に響いている。
 私たちは常連客と距離を取って、そのカウンターに腰掛けていた。カウンターの中で、私たちの相手をしてくれたのは、年の頃四十代に見えるホステスだった。
「自衛隊のお客さんはどうなんですか?」
「最近は自衛隊の方もあんまり出てきてくれないんですよ。以前に、ちょっと一般の方と喧嘩になったりして、それから飲みに出るのは厳しくなったみたいです」
 昼間訪ねた竜宮遊廓で出会った男性も同じようなことを言っていた。
「二、三年前は、艦隊が入ると若い自衛官がよく街に出ていたけど、暴力事件が続いてね。なんせ人を殺すために訓練してるんだから、そりや一般の人間が喧嘩したらかなわないよ。それで自衛官は制服じゃないと飲みに出られなくなったんだ。さすがに制服着て、飲みに行こうなんて思わないよ」
 海軍、そして自衛隊の街ともいっていい舞鶴、彼らが金を落とさなければ、誰が落とすのかということだ。そういえば、大湊でも自衛隊員はあんまり飲みに出なくなったと居酒屋のママが嘆いていた。暴れん坊は困るが、少しばかりの粗相には目をつむる社会の寛容さも必要なのではないか。
「お兄さんたちは、お仕事ですよね?」
 私と田島さんは十歳以上年が離れ、どう見ても友達同士には見えない。かといって、スーツを着て出張に来たサラリーマンにも見えない。多くの人間たちを見て来た、店の女性からしてみても正体不明のようだった。彼女の問いかけには、不審な二人組だというニュアンスが含まれているような気がした。
「よく刑事に間違えられるんですけど、違いますよ」
「なんか、警察みたいな雰囲気ですよね。本当に違うんですか。それなら何のお仕事なんですか?」
 東京から来たと告げ、本を書くために歩いていると言った。
「あらっ、珍しい。記者さんですか? 何か面白いことでも舞鶴にあったんですか?」
 私は軍都と色街の取材だと告げてもよかったのだが、何のことか聞かれ説明するのが億劫(おっくう)だったので、おそらく彼女が知っている事件について振ってみた。
「ちょっと昔の事件の事なんかを調べたりしているんです。女子高生が殺された事件があったじゃないですか?」
「あっ、あの事件ね。ツルッパゲの男が逮捕された事件でしょう。あん時は大騒ぎだったわね」
 彼女は何だか遠い昔を思い返すように言った。

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

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