よみもの・連載

軍都と色街

第三章 舞鶴

八木澤高明Takaaki Yagisawa

 その事件とは二〇〇八(平成二十)年に舞鶴で発生した女子高生殺害事件のことだ。事件の舞台、さらには被害者も逮捕された男も東舞鶴の人間だった。
 その事件は、明治時代に入って人々が流入し、街が形成された東舞鶴という土地の因縁を背負っているようにも思えた。
 水上勉の小説『飢餓海峡』の登場人物である犬飼多吉は、北海道で人を殺(あや)め、大金を得ると、ここ東舞鶴で会社を興し、実業家として成功した。
 京都の山村で生まれた犬飼が、なぜ大阪や京都の街中、もしくは福井県の敦賀ではなく、鎮守府によって開けた出来星の街を選んだのか。ほとんどの住民は流れ込んで来る人間の出自などあまり気にしなかったのだろう。
 女子高生殺害事件が、東舞鶴で起きたのは、単なる偶然ではあるまい。事件の容疑者として逮捕された中勝美は、その後の裁判において証拠不十分により無罪判決が下され、本件では罪に問われなかったものの、二〇一四年十一月に三十八歳の女性の顔や胸など十一ヶ所をメッタ刺しにするという殺人未遂事件を起こす。事件後に被害者の母親が出したコメントからは獣を野放しにしたことへの憤りが感じられる。
「驚きとともに憤りを感じた。一番恐れていたことが現実となってしまった。捜査機関は、舞鶴の事件を見直してもよいのではないか」
 それ以前にも、中は二十代の時に、当時付き合っていた女性とその兄を殺害。その後も舞鶴市内で傷害・強制わいせつ罪で現行犯逮捕されるなど、いわく付きの人物だった。
 本件においても、中が重要参考人としてマークされたのは、過去の犯歴だけではなく、防犯カメラの映像に、女子高生と連れだって歩く姿が映っていたことにあった。
 その翌日の二〇〇八年五月八日午前八時四十五分、女子高生は全裸の遺体で朝来川(あせくがわ)の河原で発見された。凶器で殴られ、頭部から頭蓋骨が飛び出し、鼻は陥没していて、遺体の状況は凄惨な現場を見慣れている捜査官でも目を覆いたくなるようなものだったという。

 その当時、中は遺体発見現場から四百メートルほどの場所にある府営住宅に暮らしていた。
 中は、警察にマークされたことを知ると、事件当日に着ていた黒い服を処分し、乗っていた自転車の色を塗り替えた。さらには常日頃から賽銭泥棒に使っていたバールも棄(す)てていた。
 中は事件から約一年後の二〇〇九年四月七日殺人容疑で逮捕された。裁判では中が女子高生を殺害したという直接証拠はなく、防犯カメラの映像と目撃証言が焦点となった。一審では無期懲役が言い渡されたものの最高裁で逆転無罪が確定する。
 
「ツルッパゲは東舞鶴でしょう。やっぱり東の人と西の人というのは、合わないんですか?」
「そうですね。私の友達はみんな東舞鶴の人ばっかですね。西の人は、何かプライドが高いというか、仲良くなった人はいないです。西舞鶴には小ちゃな城があるだけですけどね」
 彼女の話だけで判断するのは、早計なのかもしれないが、東と西の住人があまり仲良くないのだなということは、よくわかった。
 どこの土地でも聞いたことのあるような話ではあるが、東と西、違うのは人の気質だけではなく、遊廓の歴史も、土地の歩んで来た歴史とリンクする。

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

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