よみもの・連載

軍都と色街

第四章 知覧・鹿屋

八木澤高明Takaaki Yagisawa

「鹿屋から特攻隊が出撃していますが、さすがに特攻隊の人の記憶とかはないですよね?」
「そうだね。私が覚えているのは米兵だね。もう今から十年ぐらい前に、ここの遊廓で遊んだことがある米兵がわざわざ訪ねてきたことがあったんです。よっぽど印象に残ったのかもしれないね」
「一方で米兵が喧嘩したり騒いだりというトラブルを起こしたりもしたんですかね?」
「それはしょっ中でしたよ。この辺でもMPがいつもうろうろしてましたよ」
「その当時の経営者の方っていらっしゃるんですか?」
「もう誰も残っていないですよ。マンションになったりしているからね。面影なんて何にもないでしょう」
「売春防止法によって、遊廓はなくなりましたが、売春を斡旋(あっせん)するスナックなどはあったんですか?」
「いや、ここがなくなってからはもう、売春屋っていうのはなくなったんじゃないかな」
「ちょっとこっちの下衆(げす)な見方になっちゃうんですけど、自衛隊の方もいらっしゃるじゃないですか?」
「ここは飛田(とびた)などがある都会の大阪とかとは違って、田舎の遊廓ですからね。そんなに必要とされなかったんじゃないですか。すぱっとなくなってますよ。米兵がいなくなって、当時はほら、自衛隊っていうのは、そう人数、多くなかった。終戦直後じゃなくて、時間が経って、自衛隊ができてきたわけだからね」
「ちょっと話を戻しますと、米兵との間に生まれた子どもなんかもいたんですか?」
「聞かんかったし、見たことなかったね」
「知覧にも取材で行きましたが、鳥濱トメさんという有名な方がいらっしゃいましたよね。彼女が経営していた食堂の前に旅館があって、そこで米兵の相手をしていて、米兵の子供を産んだ方とかもいたそうです。鹿屋のほうが規模が大きいので、だから、もしかしたらそういう人もいたんじゃないかと思ったんです」
「鹿屋では聞かんかったな。特攻の話をすると、知覧よりこっちから出たのが多いんだけど、知覧のほうがクローズアップされてるな。米軍の進駐も、日本で最初に上陸したのは鹿屋なんだけど」
 ちなみに、特攻隊の出撃回数が日本で一番多かったのが鹿屋で、九百八名の若き命が散華、知覧では四百三十九名が亡くなっている。
「遊廓が営業をやめる時、ご主人は高校生ぐらいかと思いますが、経営していた人などご記憶はありますか?」
「覚えていますよ。経営者の出身地などはわからないけど、その子どもさんはまだ、こっちに住んでいらっしゃる人がいる。遊廓があった時代、このまわりには子どもが非常に多くてね。我々の遊び場は、遊廓の真ん中だったんです。子どもたちはみんなそこに集まって、広場があったりしてね。子どもだから、遊廓なんてわからないでしょう。車も通らんし、昼間は誰もおらんからシーンとしていて、遊ぶのにはもってこいなんですよ。人がいっぱい集まるのは夜になってからでしょう。夜は、もうそれは大変だっただろうけど、子どもだから見てないですよ。だけどたまに夜出歩いた時に、ここは何で酔っ払いが多いのかなと思ったりはしたな」
「働いていた女性たちのご記憶はありますか?」
「記憶にある人たちはみんな明るくて、朗らかだった。つらいこともあっただろうけど、つらそうな顔していたのは記憶にないな。遊廓がなくなってからも、このあたりにはここで働いていた人たちが住んでいた。その後、結婚された方が多かったんじゃないかな。私が知る限り、まだ二人はこのあたりにおりますよ。昔はやっぱり、今みたいにギスギスしたような感じではなかったから。だから遊廓で働いていたんだよっちゅうぐらいで済ましよったのじゃないかね」
「ご主人のお店はどのくらい経つんですか?」
「もともとここは呉服屋だったんですよ。父親は屋久島の出身で、最初は鹿屋航空隊の仕事で来たんじゃないでしょうか。それから、呉服を商うようになったんです。遊廓の女性を相手に商売をはじめたんです」
「それでは、このあたりには、割烹などもあったんですね?」
「今じゃ、何のかけらもないですが、割烹もありました」
「観光ホテルなどもありますが、もともとは遊廓だったということはないですか?」
「あそこは、焼酎屋さんだった。焼酎業界は、こっちはみんな合併したから、作るのをやめたんです」
 話をひと通り聞き終えると、仕事中にもかかわらず取材に応じてくれたことに感謝し、礼を言ってから店を出た。

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

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