よみもの・連載

軍都と色街

第四章 知覧・鹿屋

八木澤高明Takaaki Yagisawa

戦後、米兵が街に来た


「戦後になると特攻隊の方が皆さんいなくなって、今度は米軍が来ますよね?」
「アメリカにはお菓子を納めることはありませんでしたから、アメリカの方の記憶はないですね」
「町にはアメリカ兵が多くいたんですよね?」
「怖かったよね。本当一度怖い思いしたのがね、ここの近くにうちの本家があって、そこでみんなでまあ、宴会じゃないけど何かやってました。そしたらね、そこに入ってきたの、二人、外国人が。私は小さいから、隣の部屋に着物がかけてあって『じっとしておれ』と父親が言ってそこに隠れた。姉たちは縁側から下りて、裸足でずっとあっちのほうまで必死で逃げましたよ」
「お姉さんたちを狙ってきたんですかね?」
「そういう意味じゃないけど、なんか宴会で騒いでたからその流れで来たんじゃないですかね。そしたら、父がね、英語話せないからね、青木町、青木町と言ったんですよ。それから男の人たち大勢で、青木町に連れて行きました。その先はどうなったかはわかりません」
「パンパンの人もいたんですよね?」
「詳しいことは姉が知っていると思うんですけど、パンパンはいました。この近くに昔、桜デパートっていう、外人さん向けのショップがあったんです。アメリカ兵と仲良くなった女の人がね、いろんなものを買ってもらうわけよ。母なんか軽蔑するけど。いっぱいいましたよ。そういえば、青木町に私の同級生の子がいたわな。遊びに行くって言ったら母なんかがもう絶対にだめって言ってね。今のNTTの建物の横のあたりに検番があったんです。当時は検番が何をする所か知らなかったけどね」
「その後、遊廓の同級生の人とは、いつ頃までお付き合いがあったんですか?」
「どうだったかな、あまり知らないけど。パイロットと結婚したっていうのは聞いたなあ。彼女だけでなくて私なんかの同級生はほとんど自衛隊さんと結婚してます」
「お父様は、がらっと時代が変わったことに対してね、何かおっしゃったりしていましたか?」
「何にも言ってませんでしたよ。お菓子屋は自分の代で潰すつもりだったんです。うちは女だけで跡継ぎがいないから。それで一度職人さんにこれ全部やるから跡継いでくださいって言ったことがあるんですよ。ある方にね。だけど、その返事がもらえなかったから、もうやめてもいいやと思っていたようです。もしおれが死んだら、お母さんは娘たちの誰と住みたいかってこうなったわけ。私と住みたいなんて言ったみたいなのよ。それで、主人と鹿屋に戻ってきたんです」
「ご主人はお菓子作りは素人ですよね?」
「不思議な話で。お正月に鹿児島の江戸屋さんというお菓子屋さんから、いつも年賀状をいただいていたんですよ。毎年いただくからちょっとご挨拶に行こうといって、一月の末にご挨拶に行ったんです。そこの会長さんに、主人が僕が跡を継ぐことになりましたって言ったら、私はあなたが来るのを待ってたんだっておっしゃるの。会長さんが十七、八の頃、鹿児島からおせんべいを持って、鹿屋に売りに来てたらしいんです。リヤカーに一斗缶に入れたおせんべいを積んでくるわけね。そしたら私の祖父がね、江戸屋さん、もうね、こっから田舎の道を行くの大変だし、山道を歩くとせんべいも割れるから、うちで買うから、全部おろしなさいと言って、うちのおじいちゃんがね、全部買ったらしいのよ。で、その時のご恩を返さないといけないって言ってね。あなたに全部私が持っているものを教えてあげるって言って」
 江戸屋は菓子作りの秘伝を守るため弟子を取ることはない店だったという。
「それで住み込みで行って、もうつきっきり。ああでもないこうでもない。だからみんながね、ひがむわけね。よそ者が来て、どこの馬の骨かわからないのが、鹿屋の田舎から来て、なんで会長はあんなにあの人にだけつぎ込むのかって言う。それで半年、もう本当に夜もこれをしなさい、あれをこうしてこれはああしてって言って全部教えてくださったの。こんなにありますよ。ノートに記入してあるの、主人がお菓子のレシピから何から全部聞いてね。半年ほどして、富久屋さん、もうね、私はあなたに教えることは何もない、もうできるから、鹿屋に帰りなさいって言って。で、帰ってきたんですよ。それからあっという間に会長は亡くなったんです。なんだか不思議な縁に導かれているんです」
 北村さんのお父さんの代でもし廃業していたら、特攻隊員が最後に口にした海軍タルトは、その存在すらも忘れ去られていたかもしれない。
 富久屋さんを出ると、西の空が茜色に染まっていた。今から七十五年ほど前、この空を特攻隊の若者が旋回したあと沖縄へと向かって行った。そしてごく僅(わず)かに南西諸島に不時着した者などをのぞいて、二度と本土の土を踏むことはなかった。

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

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