よみもの・連載

軍都と色街

第五章 千歳

八木澤高明Takaaki Yagisawa

「現在はお父さんはどちらに?」
「とうの昔に他界しました。日本ではなくて、アメリカで亡くなっているんです。俺が六歳の時でした」
「そんな小さい時に亡くなられたんですね」
「親父が亡くなる前に、アメリカに住もうという計画もあったそうなんです。亡くなっちゃいましたから、俺と母親は日本に残ったんです」
「お母さんはご苦労されたんじゃないですか?」
「そうですね。母ちゃんはいっぱい仕事をしていましたね。夜勤めたり、昼、パートしたりとか。昼夜関係なく働いていましたね」
「お母さんは、どちらのご出身なんですか?」
「出身は東京ですね。母ちゃんは、東京でずっと育って昭和八年の生まれです」
「今もお元気ですか?」
「いや、母ちゃんは平成のはじめの頃に亡くなっています。六十二歳でした」
「今はどなたと暮らしていらっしゃるんですか?」
「妻と息子、娘の四人で暮らしています」
「お父さんの話に戻りますが、六歳の時に亡くなられると、あんまりご記憶ってないんじゃないんですか?」
「そうですね、おやじの記憶はあんまり。そんな遊んでもらったとか何だとかいうのは、あまりないですね」
「ちょっとデリケートな問題になってくるんですけど、子どもの頃は、そういうハーフということで、差別とか、そういうのもあったりしたんですか?」
「ええ、いっぱいあります。当たり前のようにありました」
 時間というものが苦い記憶を薄めてくれたのか、笑みを浮かべながら話してくれた。
「ハーフでロバート君っていうのがいたんです。結構有名で、大人になってからやくざになって、最後刺されたんですよね。二十五、六歳ぐらいで刺されたんじゃないかな。その人の弟が、俺よりひとつ下なんです。ラジャンというんですけど、それと仲が良かった。ロバートとラジャン、小さい頃は二人ともやっぱり、仲間はずれにされたりとかしたし、いじめられていたので、自然とつるむようになったんです」
「その方は白人ですか?」
「白人ですね。で、同級生に、ラジャンの姉や、リンダって女の子がいて、それもやっぱり別のクラスでいじめられたなと。ハーフはみんないじめられたんです」
「今の時代じゃ、あんまり信じられないですよね。そんなに露骨には人種差別はやらないですよね」
「平気で自分の机を、こう、教室の端っこにやられたりとかしていましたからね」
「それに対してどんな行動を?」
「いや、ま、仕方ないなぐらいの気持ちでしたね」
「先生は注意しないんですか?」
「別に注意しないですね。それが当たり前のような時代でしたからね。ただ、参観日のときだけは、何かちゃんとしろみたいな」
「お母さんとかは怒ったりしないんですか、そういうのを聞いて。お母さんに言ったりとかしなかったんですか?」
「いやあ、しなかったですね。仲よくしてくれるやつもいたので、そういうのもいたので。全員が全員っていう、今みたいにいじめを全員が全員でやるっていう時代じゃないので」
「いつ頃まで続いたんですか?」
「小学校低学年ですね。高学年になったらあんまりされなかったからね。やっぱり小学校低学年は当たり前のように。そうですね、普通な感じですよ」
「大人になれば、少しは免疫ができるのかもしれませんが、小さい時に言葉で言われたことで何か傷ついたことってありましたか?」
「今までもそんなのは、もういっぱい言われましたからね。黒んぼ、黒んぼっていうのは、いや、まあ、よく言われたね」

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

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