よみもの・連載

軍都と色街

第五章 千歳

八木澤高明Takaaki Yagisawa

「物心つく頃には、米兵はいなくなっていたと思いますが、進駐軍向けのお土産屋さんだとか、ビアホールだとかはなかったですか?」
「名残というか、跡はありましたね。実際は営業はしていなかったんですけど、建物は残っていました。今はもうその跡すらないですけど。自分が自衛隊に入隊した時は、基地の中には進駐軍が使っていた建物があって、それの幾つかはヤマサクラ訓練で使いました」
「何ですか、ヤマサクラ訓練って?」
「日米共同訓練の総称なんですよ。ソ連(当時)を仮想敵国にしたものでした。それで米軍が来た時に、もともとあった駐留軍の施設を使って泊まったり、飲んだり、遊んだりしていました」
「入隊されたのは陸上自衛隊でしょうか?」
「はい、陸上自衛隊です。第十一普通科連隊というところです。職種は施設、いわゆる工兵なんです。それで、二〇一六(平成二十八)年にはPKOで南スーダンに行ってきたんです」
「あの日報が問題になった南スーダンですか?」
「はい。あのちょうどドンパチが起きた時にいましたよ。頭の上をどんどん弾が飛んでいきました」
「国会で日報が取り上げられて、問題になりましたけど、あれはやっぱり嘘だったんですか?」
「嘘を言ってます。嘘です。うちの駐屯地を挟んでやり合ってました。安全なわけねえだろうって。小銃弾はバンバン。戦車砲をすぐ近くの壁に撃ち込まれた時に、自分はトイレにいたんですけれども、バーッンって。ものすごい音がして、『うわっ!』と声をあげてしまいました」
「トイレにいたんですか?」
「はい、トイレにいたんですよ、ちょうど。まあ、しびれました。すーごい音でした。さすがにびっくりしましたね。いや、訓練でも戦車は見ていますし、撃っているのも見ているんですけど、撃たれる側にはいないですからね」
「なるほど。確かに覚悟が違いますよね」
「そう、全然違うの、音が。撃っているのを見ているのと、撃たれるのでは全然違うんです」
「そうなると、死者が出なかったのが奇跡的なものぐらいですかね?」
「そうですね、隣の基地は二人ぐらい死んでいますからね。それはバングラデシュ軍の基地ですけど、流れ弾が飛んできたんです。迫撃砲が、司令部のところに落ちて、二人が死んで、一人は指が飛んだとかっていう感じですね」
「逆に、それだけ弾が飛んでくると、こっちも撃ってやりてえなとなるんじゃないですか?」
「それは撃ちたいですよ。弾も持っていってますからね。だから他の国から責められたんですよ。国連軍は十四カ国ぐらいが集まって支援していたんですけど、僕は、先任にあたる立場だったので、各国から五名ずつとか出てきて、大きな会議をやるわけです。そこで他国の出席者から、『何で日本軍は撃ち返さないんだ』と、詰め寄ってくるんです。他の国は当然撃ち返しているんです。国連軍ですから。『やられたらやり返すというのは当たり前だろう!』と言って、すごい剣幕なんです」
「それは貴重な話ですね。どこの国の軍人が詰め寄ってきたんですか?」
「インド軍ですね。ものすごい自己主張なんですよ。『何で撃たないんだ。理由は何だ?』とバンバン英語でまくしたてるわけです。こっちは通訳を通じて、『憲法上やれないんだ』と言うと、『そんなの軍隊じゃない』とか言われて、会議に行くたびに同じことを言われて、いつも苦痛でした。バングラデシュだけでなくて、中国軍でも死んでいる。それでも日本はやり返さないから、最後には、『日本は武装勢力の仲間じゃないのか』なんて言われる始末でした」
「今、日本の自衛隊の置かれたこの状況というのは、戦場を経験されてどう思います?」
「それはやっぱり、現役の頃からも思ってましたけど、憲法には軍隊と明記してもらいたいですよというのはありますよね。自分の国の軍隊が自分の国を守るというのは、どこの国でもそれをうたってる……永世中立国のスイスでさえ、自分たちの軍隊で自分たちを守ると言ってるんですよ、何で日本だけやってねえんだっていう。平和ぼけしてるんですよね」
「やはりインドの軍人の発言が印象に残ってますか?」
「残ってますね。ものすごい勢いで責められましたから。『おまえらそれでも軍人か』って言われましたからね。自衛隊は軍隊ではないんですけど、軍隊でないって言うわけにもいかないしみたいな。『ここに来てるだろ』って、『国連軍の一員だろ』って言われて。貢献するんだったら、そこはやっぱりやらなきゃだめなんだと思いますね。だから要は、インドの軍人にも言われてたんですけど、『撃ち返すことが大事なんだ、何も相手を撃ち殺せと言ってるんじゃない』と。『攻撃されたら返すことが必要なんだ、おまえらはそれもやらなかったじゃないか。抵抗しないってことは、幾らでも撃ってくれって言ってるのと同じなんだよ』って言われて、もう、ぐうの音も出なかったです。まあ、そういう話は一切表に出てませんけども、日報隠ぺいのことより、こっちの話の方がもっと大事だと思います」

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

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