よみもの・連載

軍都と色街

第五章 千歳

八木澤高明Takaaki Yagisawa

南スーダンの売春事情


 米軍占領下のイラクでは、爆弾テロが頻発したり、日本人が反政府武装組織に拘束され殺害されたりと、治安は最悪であったが、首都バグダッドの闇市では、アメリカのポルノ雑誌が売られていたり、娼婦たちの姿もあった。歴史を振り返れば、軍隊の行くところに娼婦たちの姿はつきものである。果たして、南スーダンではどうだったのだろうか。
「俺らの時はそんな状況じゃなかったですね。ただ、自分たちの前のやつらが、名古屋の部隊なんです。そいつらは、休暇もらって町にいるお姉ちゃんたちを買いに行ったと聞いています」
「お話を聞いていると、その頃は町に行ける状況じゃないですもんね」
「町が戦場になったので、殺されていましたから、町の人が。いっぱい。撃たれて。戦闘が始まったのは行ってすぐですかね。あっという間、五月に行って、六月にみんなそろって、もう編制完結といって、七月には内戦です」
「全然休暇どころじゃないですね」
「はい。国連軍の決まりで、三ヶ月に三日。六ヶ月いる軍で、六日間休暇を取りなさいというのが国連の決まりらしいんです。だから自分たちも、三ヶ月経ったら三日の休暇はあったはずなんですけど、二ヶ月で内戦になっちゃった」
「日本に電話などできたんですか?」
「いや、できなかったですね。またその南スーダンの反乱軍のやつらが、内戦になると携帯の電波を使うんですよ、やつらも。無線機とかを持たないから。だから、戦闘が始まってから全然電話が使えなくて。局のっとって、それで自分たちだけの通信に使用するんですよ。戦闘が始まって一ヶ月半から二ヶ月ぐらいはダメでしたね」
「ご家族も心配だったでしょうね?」
「それこそ一番ドンパチしているとき何も連絡できないんだから、死んだんじゃないかみたいな」
「では、その緊張状態をどう耐えたんですか?」
「そうですね。唯一、最初の一ヶ月の頃に買っといた現地のウイスキーがあったので。ただ、それもまた指揮官がばかで飲むなって言い始めて。それでも黙ってこそこそ飲んでいたんですけど、それもなくなっちゃって、買えないし。酒が唯一の楽しみでしたね。だから内戦が終わって、解禁になったときはすごかったですね、みんな大騒ぎでした」
「それにしても南スーダンの話はすごいですね?」
「あの頃は日本中が騒いでいたじゃないですか。まだ現役だったし、一切しゃべっちゃだめという、厳密な箝口令(かんこうれい)が敷かれていました」
「日報を廃棄するとかあり得ないんですよね?」
「あり得ない。そんなのない。何言ってるんだという話、俺からすると。記録ですから、あそこに行った、僕らはこういうことをやりましたという記録なので、それを捨てるなんてことあり得ない。克明に書いてあるはずです。自分たちはキャンプの外を映している監視カメラで殺されている人とか見てましたから。現地の民間人が鎌とかでがっと切られたり、ばっと撃たれたりしているのを見てました。うわー、まじかって」
「殺されている民間人を守るのが国連軍の役目なわけですよね。それはほんとにじくじたる思いですよね?」
「そうですね。このままでいいのかよという話なんですけど、撃つみたいになったりしたやつがいたんですよ。だけど、そこに関与しちゃうと本格的な武力行使になっちゃうので。国連軍もいいことばかりではなくて、民間人をレイプしたとか、中国軍がやったりとかしているんですよ。そんなことが起きていたので、もう全部が全部、民間の人が国連軍を信用しているかといったら、またそうでもないし。こうした話は全然出ないですよ、誰も言わないですから。だって、言えないもの」

プロフィール

八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 1972年神奈川県生まれ。ノンフィクション作家。写真週刊誌カメラマンを経てフリーランス。2012年『マオキッズ 毛沢東のこどもたちを巡る旅』で小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。著書に『日本殺人巡礼』『娼婦たちから見た戦場 イラク、ネパール、タイ、中国、韓国』『色街遺産を歩く旅』『ストリップの帝王』『江戸・色街入門』『甲子園に挑んだ監督たち』など多数。

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